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俺はそれから視線を逸らすと、彼の少しずつ大胆になって行く指先を見ない振りした。意識したら負けのような、触れる箇所が広がって行く事を止めて欲しくないような。ゆっくりと手を握られると、俺は静かに息を吐いた。
なんだよこれ、もう。
「可愛かったよ」
「うるせえ、調子乗ってんなよ」
つい吐き出した言葉があまりにも子供じみていて、突っ撥ねるつもりで抱き締められるみたいに、柔らかく笑われてしまう。
「お前、なんでサブのふりしてんだよ」
ふとずっと思っていた疑問を投げつけると、突然強くはないけれど、不意打ちのように引き寄せられる。その力に導かれるようにして、その腕の中に入ると、志村の顔は見えなくなった。
あるのは、彼の温かい体温と、拘束等しない弱い力と、少し汗の滲む志村の匂いだけだ。
「色々あるんだ」
「……あっそ……」
色々。その万能な言葉に包まれてしまった言葉と本音に、俺はそれ以上追及もできずに、閉口した。聞かせてもらえない事が少し悔しいなんて、言える間柄ではない。
「でも、まあ。これでバレたし……めんどくせえ呼び出しもなくなるかな」
努めて楽観的に声色を響かせる志村に、俺は罪悪感を覚えた。これから彼は殴られなくて済むと言うのに、まるで彼の計画を邪魔してしまったような感覚。
「お前くらいのグレイがあれば……」
「俺は自分の性が嫌いなんだよ」
言葉に被せるように言われる。
「本当に、大嫌いなんだ」
そう深い声色には、俺に告げると言うよりも、己自身に向かって「そうだろう?」と確認しているようにも見えた。
憎んでいるだろう?
嫌いだろう? そうだろう?
そう思う事以外が、悪であるかのように。
しかし、それが何故かだなんて聞く権利は、俺にはない。ただ俺にできる事は、志村の腕の中で大人しく目を閉じる以外に、何もなかった。
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