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志村の奇行に、クラス中が彼の存在自体を気味悪がるようになった。苛めがあった事実は黙認され、そしてその事実は抹殺されてきた事を、志村のあの登場の仕方は、ある種の意趣返しの報復として、クラスメイトの網膜に焼き付いた。
――あいつは何をするか分からない。
虐められているから関わらない、という理由が、あいつは何をしでかすか分からないという、暗黙の了解にあの瞬間からすり替わったのだ。
俺はそのクラスの波に同調し「関わりたくない」と、東からの誘いを頑なに拒否を続けた。「みんなが避けるから避ける」なんとも人間らしい防衛本能という同調性。
それは大いに俺を助けてくれた。
そしてこの空気の流れは、俺にある事を教えてくれた。それは、東は俺に対して強引に振舞うが、その実俺が無関心な事にはとことん彼も無関心さを見せるという事だ――まったくもって、悪趣味極まりない、彼もド変態だ――まるで、クラスメイトには同調を見せないのに、彼は俺にだけその妙な人懐っこさを見せてくる。
志村に対する感情をフラットにしていると、彼は無感情な俺の対応に「じゃあもういい」と言い始め、志村という玩具を放棄したのだ。
こうして、志村は完全にクラスから――学校というこの檻の中で抹殺されることになった。誰も彼を気にしなくなったし、誰も彼の存在を認識しなくなった。存在はあるのに、皆上手に、いとも簡単に人を殺す事を心得ていた。
暇な古文の授業中、俺は志村の背中を眺めていた。志村はひっそりと呼吸をしながら、道端にはえている雑草みたいに生きている。
人一倍大きな体をしている志村は、ただの岩だ。人間の形をして、時折動くだけの岩。
けれど、俺はそのごつごつとした固そうな身体が、滑らかに動く事も、本当は繊細な指先である事を、俺は知っている。
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