SWITCH

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 俺はその事実を思い出して、すぐにその考えを断ち切るために溜息を吐いた。もう遠いと言っても良いくらいには時間が経ったはずなのに、志村の熱が、身体から消えてくれない。乱暴にされると思ったあの恐怖を、柔らかく覆い尽くす優しい指先も、決して無理強いをしない命令も、労わる言葉も仕草も。全てが昨夜のように、はっきりと、サブとしての本能に――ひいてドムの本能にまでその快楽や満ち足りたあの感情が、浸食を始めている。これはスイッチにとって普通の事なのか分からない、もしかしたら、志村のドムとしてのグレイが強過ぎるのかもしれない。  ――どうしたらいいんだろう。  俺は机に肘をつくと、再び志村の大きな背中へと視線を投げる。苛めを受けるにはしっかりと厚みのある健康的な背中、借り上げた首筋、一度も染めた事のなさそうな黒髪、ワイシャツの薄い布を隔てて分かるしっかりとした長い腕。  あの背中に指を立てて、首裏に手を回して引き寄せて、あの黒い髪に指を埋めて掻き回しながら――志村の腕に抱かれたい。  ずくりと、欲望が腹のずっと奥にある所で疼き、熱病のように目の奥が熱くなる。  今はドムのはずなのに、志村に向ける眼差しの温度を変える事が出来ない。眼頭も、目の奥も、熱い何かが引いてくれない。  俺は意識的に俯くと、ちりちりと無意識に感じてしまう志村のいる方から感じるグレイに、奥歯を噛み締めた。  寄りによって、なんで志村なんだ。  後悔よりも悔しさに俺は両手で顔を覆い、教師の朗読する伊勢物語に耳を傾けた。  しかし、その話の意味するところ、言葉は何一つとして俺に響く事はなく、風のようにただ緩やかに過ぎ去るばかりだった。
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