SWITCH

40/46

196人が本棚に入れています
本棚に追加
/46ページ
 渋谷区円山町のホテル街一画――学生服では堂々と歩き回ることが躊躇われるような路地裏。午前中まで降っていた雨の痕が消えないコンクリートの窪みにできた水溜まりを避けながら、俺は志村の大きな背中をじっと見つめていた。  学校のある駅から乗り継ぎ一回で辿り着いた渋谷の人混みに紛れ、俺は志村の後をつけている。彼の自宅を見つけたところで、何の意味があるのかとか、そんな事はどうでもよかった。ただ、何かをしていなければ、気が治まらなかったのだ。黙ってじっとしていも、頭の中に思い浮かぶのは、例の夜の事ばかり。何か行動に移さなければ、俺はあの夜にずっと足を囚われたままのようで、ただひたすら怖かったのだ。  恐怖が覆された事、そしてその恐怖を受け入れ、快楽として享受した自分が、今でも信じられない。  それと同時に、屈辱的な気持ちもあった。  だから、彼が何故サブの振りをしているのか、突き止めて、小さくとも弱みを握ってやらなきゃ割に合わない。  志村が曲がり角を曲がるのを見届け、俺は慌ててラブホテルの入り口門の影から飛び出して、彼の後を追いかけた。  学校帰りにラブホ街なんて、絶対何か秘密ではなくとも、彼の弱みが潜んでいるに近いない。  これは逃せないと、俺は曲がり角で志村の行く先を覗き込む。 「お前、何してんの?」 「うわっ」 「尾行してるつもりなんだろうけど、バレバレ」  覗き込んだ瞬間、ぬっと大きく黒い影が視界を覆い尽くしたかと思うと、顔を上げれば、志村がじっとこちらを見下ろしていた。不審者を訝しむその眼差しに、焦りからどくりと心臓が脈を打つ。 「なに、あの夜の事、忘れられない?」  あのよる。  その単語に、今度は別の意味で心臓が鼓膜のそばでどくんと跳ね上がった。  あのよる。彼が示すその言葉と、皮肉っぽく持ち上げられた口角に、つるりと背中に汗が流れていくような感覚がする。俺は指先に細やかな痺れを感じながら、彼をじっと見上げた。それは睨んでいたかもしれないし、無感情だったかもしれない。あるいは――期待。 「ちょっと来いよ」  そう言って突然二の腕を掴まれると、半ば強引に先を促された。抵抗する間もなく、つんのめるように彼について行く形を取らされる。 「離せよ!」 「うるせえなァ」  そう低く唸るように告げながら、顔半分こちらへと向き直った志村の眼光から放たれる微かなグレイに、身体が竦みあがる。身体が一瞬電気を通されたようにいう事を聞かず、俺は引きずられるように、志村について歩く他なかった。
/46ページ

最初のコメントを投稿しよう!

196人が本棚に入れています
本棚に追加