SWITCH

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「入れよ」  鉄の擦れるような不快な音を立てて扉が開くと、異様に甘い香りが押し出されるように流れてきた。  なんだろう、この香り。そんなふうに鼻を利かせていると、 「明人じゃん、おかえり」  優し気な声が聞こえた。 「優斗さん、これから?」 「そ、東新宿」  そう言いながら扉から出てきたのは、思わず見上げてしまう程の高身長の男だった。線は細いのに、しっかりとした角ばった身体には、均等な筋肉が添えつけられ、顔立ちも爽やかで精悍だ。涼し気な目元には笑みが浮かべられ、短い髪から覗く額は若々しくきめ細かい。俺に気付いた男は、友達? と俺ではなく、志村に訊ねた。 「そんなんじゃない」 「おー? テレか?」  揶揄われては志村に「早く行けよ」と促され、男は「はいはい」とひらひら手を振って階段を下りていく。 「お友達、ごゆっくり~」  明るい声が足音と共に遠ざかって行く。俺はなんだ? と頭のなかに浮かぶクエスチョンマークを消せないまま、来い、と促されるままに部屋の中に足を踏み入れた。 「明人、おかえりー。あれ、お客さん? ちがう、友達?」  ここに居る人たちは「友達」という単語が好きなのだろうかと思う程、一々その単語に目を輝かせる。俺は半ばうんざりしながらも、答える役割を志村に任せて俯いた。志村は「違う」と、はっきり否定してから、 「ちょっと待ってろ」  俺を玄関先に残して、部屋の奥へと進んで行ってしまう。  部屋の入口横には小さなカウンターが備え付けられ、玄関と直結する部屋は、外観よりも奥行きがあり、広々としていた。ゴミ一つないフローリングに、クリーム色の壁、灰色の張りの良いL字型のソファーに、それと同系色のラグが敷かれている。そこにはあの出て行った男と同じような、高身長で顔の良い男が三人いた。  志村が部屋の奥にある扉へと引っ込んでしまうと、その内のひょろりと背の高い茶髪の男が近寄ってくる。ペルシャ猫のような大きな瞳は可愛らしいと言っても過言ではないが、唇の間から覗いた犬歯が鋭く、獰猛さが隠し切れていない。 「うわあ、可愛い顔してンじゃん。サブ?」 「ち、違います!」  慌てて否定して睨みつけると、男は「ふうん」と唇の端を持ち上げた。 「一応、ドムなんだね」  一応、という言葉に嫌味を拾ってしまうのは、俺の心が狭いという証だろうか。それ以上口を開いたら負ける気がして、唇を引き結んでいると、 「止めろよ、高校生相手だぞ」  と、彼の後ろから、彼を叱責する言葉が飛んできた。
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