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――カチ。と、身体の何処かで電源が入れ替わるような音がして、脈が一気に加速する。心臓が短距離を全力疾走した時のように、血液を身体中に過剰に巡らせ始めた。
「てめえ……」
「期待してたんだろ」
志村の薄い唇の端が、ゆっくりと持ち上がる。その眼差しには、全てを見透かしたよな優越感が宿っていた。その笑みは驚く程不愉快で、憎たらしく、そして、魅惑的だった。
彼の表情に期待しているサブとしての自分が、胸を高鳴らせている事が、嫌だと言う程分かる。
——期待している。この男に。
俺は奥歯を噛締めて、志村を睨み上げた。この男を憎むと同時に、こうなる事をどこか予測し、期待していた自分も憎らしい。あの夜が、どうしても忘れられない自分が悔しい。
沸々と煮えながら湧き上がる、憎しみと悲しみと、甘い期待に、握り締めた拳が震える。
「コーナー、ステイ」
そう指さされたベッドに視線を向けた。
「コーナー、ステイ」
再度言われて、俺はするりと彼の腕から逃れると、ゆっくりベッドへ近づいていく。床に教科書などの入らない軽い鞄をおいて、靴を脱ぎ、ベッドの上に上がると、
「壁に沿って座って」
そう追加指示が来たので、せめてもの抵抗として、動作を限りなく鈍らせて時間を稼いだ。
従いたくないという気持ちと、服従したいという本能が、紛れもなく自分のなかで、渦を巻いて荒れ狂っている。
壁にぴったりと背中を付けて座り込むと、後からきた志村が、ベッドに上がる。ぎしりとスプリングが沈んで、不安定にベッドが揺らいだ。
「いい子だ、ちゃんと従えるんだな」
そう言いながら伸びてきた腕から「逃げなきゃ」と思うのに、触れられたそばから、身体の奥からじんわりと甘く濡れていくのが分かった。
ああやだ。なんでだよ、くそ!
悪態が止まらないのに、心臓は別の意味での鼓動を奏で始めてしまう。志村の熱い掌が、するすると俺の頬を撫で、親指がく、と俺の下唇に引っ掛かると、身体全体が心臓になってしまったみたいに、鼓動が大きく傾き鳴った。
「志村……」
「伊波、セーフワード、俺の名前にしようか」
「え」
「お前が俺を呼んだら、止める」
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