3人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ
ほつれかけのボタンにはならない
約束したんだ。君を諦めないって。
何度も何度も告白して、やっと振り向いてもらえた。
ほつれかけのボタンを直して笑った君。
だから俺は、どんなに突き放されても俺は、絶対あきらめたくない――。
それは突然だった。
バカみたいに天気がいい日だった。吹かれた桃色の木が揺れる、四月のその日。
君は無機質な白いベッドに座って言った。
「私、もう死ぬみたい」
これまた、バカみたいに晴れた笑顔を向ける君に、俺はただ顔をひきつらせた。
「何言って――」
「だから」
俺の言葉を遮って君は言う。
「もう、帰ってくれない?」
君は、ばいばい、と軽く手を振って俺を病室から追い出した。
何も言えないまま、気付けば俺は、病院の外に立っていた。
「なんだよ、それ」
ぐっと噛んだ唇から血がにじむ。夢であればいいと思ったけど、苦くて飲み込みたくないようなその赤い液体に、現実だと叫ばれた。
そこから、どうやって家に帰ったのかはわからない。
だけど家について、ハッと目を見開いた。
玄関に置いた、君が描いた絵。君と一緒に買いに行った靴。
仲に入れば、君が来た時のためにと用意したテーブルセット。お揃いのマグカップ。
君がくれた高いボールペン。
その横に、渡しそびれていた小さな紺色の箱。
「ああ、だめだ」
音もなく床に膝をつく。そこに小さく染みが出来ていく。
「嘘吐きだなあ、ほんと」
震える声でつぶやき、あまりに情けなくて笑い泣いた。
思わず拭った時、ほつれかけていたボタンが目に入る。
このままにしていたら、きっとほつれてどこかに落としてしまうかもしれない。
――でも、そうはさせない。
翌日。これまた晴れた朝のこと。
今日は午後出勤だから、とほつれかけのボタンを直した。
紺色の箱も、スーツのポケットにしまい込む。
そうして支度をして、家を出る。
ほんの少し強い風が吹く中、俺は灰色の建物を見上げて、ポケットの中のそれをぎゅっと握りしめた。
「諦めないからな」
決意表明のつもりでつぶやき、足を一歩踏み出す。
その頭上から吹かれ、落ち行く桃色の花びらが、ひと際強く吹いた風に吹かれ、空に舞った。
最初のコメントを投稿しよう!