第9話 賢き女王(紫桔梗)

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第9話 賢き女王(紫桔梗)

私は阿閇。夫草壁の妃です。 夫は勇気がなくコンプレックスが非常に強きゆえ 壊れそうになる事もあります。 私はずっと見てきました。あの人を支えたいと。 鸕野讚良は私の異母姉(父方)であり、 私のイトコ(母方)でもあり、 私の姑(夫の母親)でもあります。 姉は怒らせたら怖いお人です。 私も怒らせないようにいつも笑顔で上品に 敬います。彼女はプライドがお高いがゆえ、 彼女を立てれば良いだけです。 姉を笑顔にさせるのは容易い事です。 でも夫を笑顔にさせるのは一苦労なのです。 夫は優しいですが笑顔をあまり見せません。 夫には誰か想い人がいますが、 誰なのか判りません。 大津皇子殿だと私は思っています。 ほぼ確信しています。 夫をずっと見てきたので私だけには判ります。 この事は姉は全くお気づきには、 なられておりません。あの方はお鈍いがゆえ。 大津皇子殿はもう亡くなられた姉の子供。 それに爽やかで誰からも好かれていて 私は気に入っております。 例え大津皇子殿が私の夫に気が合ったとしても。 報われない恋は私には判るからです。 もし仮に二人が堂々と愛を分かち合ったと しましょう。 二人のライバルは周りを巻き込むでしょう。 怖い姉はきっと大津皇子殿を殺しかねない でしょう。  大津皇子殿が謀反の罪で捕まりました。 きっと怖い姉の悪巧みで命を落としたに 違いないと思いました。 大津皇子殿が亡くなり夫は全く笑わなく なりました。 毎日夜になると嘆き悲しんでおられました。 私が慰めるも夫は私の胸で嘆き悲しむ事が 多々あります。 私はある晩、夫が何か薬なるものを 飲物に入れてそれを飲んでいるのを影ながら 見てしまいました。何かしら?と少し考えて、 夫は死ぬつもりなのだと把握しました。 私は今まで思ってた事を夫に言いました。 「貴方様が大津皇子殿を好いてる事は  とっくに知っておりました。  私は貴方の側で貴方を支えたくここにいます。  何もかも知っていてそれでも支えたいと  思ったからなのです。  だからもう、私に遠慮は要りません。  貴方は長いこと生きられない身体、  そうでしょう。夜な夜なこっそり薬、  いや、何か毒を飲み続けているのでしょう。  それも知っています。  でも私は、あなた様の意思を尊重します。  この事は誰にも決して言いません。  私の胸の内だけで留めておきます。  だから私にだけは気楽にしてくださいな。」 「阿閇や、ありがとう。ありがとう。」 草壁が本心で感謝の意を込める事も 阿閇は全て知っていた。 それから草壁がヒ素中毒で亡くなった。 これは私しか知らない夫の死因。 これは私だけの秘事。 誰にも決して言ったりしない。 夫との約束なのだから。 それから姉の策略で姉が持統天皇として即位し 私の子、珂瑠が14歳の時に姉が天皇の位を 珂瑠に文武天皇として譲位させ、 姉は太上天皇として上皇の位を作り 天皇を支えるべく政務を行った。 息子が16歳の時に急に藤原宮子を妃とし その2年後に皇后を貰おうと姉が提案した 紀皇女を姉が息子の皇后にさせるも 皇后の儀式に紀皇女と弓削皇子との逢引が発覚。 怒りに満ちた姉が二人を処刑し紀皇女を 皇后にした事は姉が全て歴史から抹消した。 だがそれから3年後に姉が亡くなり、 更に3年後に息子の文武が病死した。 文武が一人息子の首皇子(おびとのおうじ)を 残して亡くなったがまだ首皇子は幼く 首皇子が成人になるまで 私が天皇になって首皇子を支えなくてはと思い 元明天皇として即位した。 だが、私には一つ気がかりな事があった。 私の上の娘氷高が未だに殿方への嫁ぎは無く、 未だに亡くなった文武の事を思っているから だった。 私は氷高が不憫に思い、娘の氷高が35歳の時に 私がもう老化が進み、娘の氷高が未だに誰にも 嫁がない事から氷高を元正天皇として譲位させ、 私が太上天皇となった。 それから6年が経ち、60歳で老死した。 時の噂では、後に、 元正天皇が首皇子を聖武天皇に譲位させたとか。 そして元正天皇は私と同じ太上天皇に なって聖武を支えたとか。
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