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「おはようございます」  雅史は事務所に入るなり、それぞれに挨拶をすると全員が挨拶を返してくれる。自分のデスクに向かう前に、ホワイトボードに書かれた今日の予定表を見てから席に着いた。  今日は午前に一件、午後に一件の予約が入っている。椅子に座ると、襟元を正した。真っ黒なスーツが照明に照らされて、際立っている。他の職員もそうだ。皆、真っ黒な服装に身を包んでいた。  ここは葬儀社。死者を弔う葬儀屋が集う職場だ。そして雅史も、葬儀屋の一人である。雅史はここでは最高責任者として、日々部下を纏めていた。  雅史は葬儀屋を天職だと思っているし、これ以上自分に合った職業は無いと思っている。女性方面の方では、仕事上かなり厳しいがそれでも不満はあまり無かった。あまり、ということは多少はあるということだ。雅史だって、周りが聖夜にイチャイチャする中、一人で駅前を歩きたくないし、大きなツリーの前も通りたくない。  雅史は短く溜息を吐くと、自分の哀れさに泣きたくなってきた。だがここは職場。プライベートのことで泣けはしない。それにこれから死者を弔うのだ。喪主とも向き合わねばならない。そんな馬鹿げたことは今は考えられない状態だ。精神を落ち着かせ、統一させる。葬儀屋は清くないといけない。  雅史はちらりと時計を見ると、葬式まであと三時間が迫っていることに気が付いた。椅子から立ち上がると、ポケットから白い手袋を取り出し、葬儀社玄関へと向かう。これから喪主との最後の打合せがあるのだ。それからお坊さんと喪主の顔合わせ、参列者への説明などまだ仕事が残っている。朝から気は抜けない。
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