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「ベベット、やめろ!」
ざわめいていた黒髪が動きを止める。ベベットの髪はするすると引き下がり、元の長さに戻った。
倒れたまま動かない少年たちを見て、昭生はあえぐように言った。
「殺したのか……?」
「彼らはただの影。死なないし、生きてない」
ベベットはゆっくり自転しながら答える。
『影』ということは、彼らも歩の意識の産物なのだろうか。昭生は、少年たちの残忍な表情を思い出した。歩は彼らにいじめられて、不登校になったのだろうか。
「……早く歩を見つけないと」
灰色の残骸から目をそらして家の跡地に入る。その先にあったはずの市街地は消え失せ、代わりに荒れた土地が広がっていた。
昭生はめまいをこらえ、辺りを眺めた。正面には採石場の砂山のような小高い丘がある。
そこに、斜面を登る小さな人影があった。
先ほどのいじめ少年たちと同じ、灰色の服。だが、その隣で漂う白い影に昭生は目をみはった。
あれは泥女じゃないか。ということは。
「歩!」
人影を追って、昭生は丘を登り始めた。砂と石でできた足もとはぼろぼろ崩れる。思ったより急な斜面を、昭生は砂ぼこりにまみれながら登った。
「歩!」
声は届いているはずなのに、反応を返さない少年に腹立たしさを覚える。頂上付近でようやく追いつき、昭生は声を荒げた。
「おい、歩! いい加減にしろ!」
立ち止まり、振り返ったのは、やはり息子の歩だった。そばに、銀糸のようなプラチナブロンドを肩まで伸ばした泥女が浮かんでいる。ベベットと同じく、目の周りの隈がべったりと濃い。
「お前、自分が何をしてるかわかってるのか?」昭生は、うつむく歩に向かってまくしたてた。
「母さんが泣いてるぞ。俺はお前を迎えにきたんだ。早く戻ろう」
だが、歩は顔を上げようとしない。昭生は苛立った。
「なぜ黙ってる? 何か言ったらどうなんだ」
さらに近づこうとしたとき、風切り音とともに白い刃が閃いた。昭生の眼前に迫ったそれを、横から飛び込んできた黒い塊が弾き飛ばす。
「ベベット」
歩の泥女が言った。長く伸び、先端がまさかりのように変形したプラチナブロンドが宙に浮いている。
「リリーズ」
いつの間にか昭生の隣に来ていたベベットが答えた。昭生は、何が起こったのかようやく理解した。歩の泥女――リリーズ――が髪で昭生を攻撃し、ベベットがそれを防いだのだ。
「歩、どういうことだ。これはいったい……」
「うるっせえな!」
歩が突然叫んだ。
「偉そうに父親づらすんな! 消えてくれよ!」
リリーズが、歩を隠すように前に出る。ぎょっとする昭生を尻目に、歩に聞いた。
「アユム、いいのね?」
「いい!」歩は叫んだ。「早く、殺してくれ!」
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