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歩の世界は、進むほどに荒廃していくようだった。昭生は、とげとげした岩が無数に突き出た荒野を歩き、虫に食われて血を流す植物の群生地を通り抜け、人の顔そっくりの石で埋め尽くされた枯れ川を渡った。
「あああ、ああー、あーあー」
そして今、昭生は周囲から沸き起こる絶叫を浴びせられながら先に進んでいた。左右には高い岩壁がそびえている。その間を強い風が吹き抜けるたび、岩壁の凹凸との作用で悲鳴のような音が沸き起こった。
「ああー、あああー! あー! ああー!」
強い向かい風とともに一段と大きな絶叫を叩き付けられ、昭生は耳をふさぐ両手に力を込めた。絶え間ない苦痛に頭はガンガン痛み、目には涙がにじむ。だが、道が険しくなるのは正しい方角を選んでいる証拠だと昭生は考えていた。歩はこの先にいる。
TVモニタの中で、二人の少女がギターを弾きながら歌っている。一人はウェーブのかかった黒髪を腰までのばし、もう一人は肩にかかる髪をプラチナブロンドに染めていた。
「あ、この子たち。歩が最近はまってるアーティスト」
「ふーん」
二人きりの食卓で美紗が言った。昭生はワンピース姿のデュオを一瞥すると、夕食に目を戻した。
「歩は、まだ部屋か?」
「……うん」
「内申とか、大丈夫なのか? 今年高校受験だろ」
「学校には……行かなくていいって言った」
「何だって?」
昭生は驚いて顔を上げた。美紗は固い表情をしている。
「カウンセラーの先生と相談したの。これ以上歩を追い詰めたくないから」
「カウンセラーって。なぜ俺に言わない? そんな大事な……」
「言ったよ! 相談したわよ! 何回も!」
箸を叩き付け、美紗は立ち上がった。
「聞く耳を持たなかったのはあなたじゃない! 不登校のことだって、そのうち治るだなんて言って、現実を認めようとしなかった。あの子と話してくれるよう頼んだのに、いつもはぐらかして……」
少女たちの澄んだ歌声を背に、美紗はダイニングを出て行った。昭生はうつむいて焼き魚の身をほぐした。魚の目がこちらを睨みつけているような気がする。
「アキオ」
濃い隈に縁どられた目が昭生の顔を覗き込んでいた。
昭生は両手を下ろした。叫び声は遠くなっている。無心で歩き続けるうちに、危険地帯を抜けていたらしい。
「耳が痛いな……」
「耳が」
「いや、いいんだ」
昭生は顔を上げた。変わり映えのしない荒野……それが、数メートル先で断ち切れていた。
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