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たどり着いたのは断崖だった。その先には荒れ狂う海が広がっている。どす黒く染まった空に光が走り、咆哮のような雷鳴がとどろいた。
そこは世界の果てだった。
歩はどこにいる? 断崖に沿って必死に目を凝らす。何度目かの雷光に照らされて、遠くに人影が見えた。
歩は、断崖を覗き込むように立っていた。そばには、白いもやのような泥女がたたずんでいる。
「歩……」
崖の端に立つ歩を驚かさないよう、昭生はおそるおそる近づいた。海に向いていた顔がゆっくりと振り返る。
その顔は、昭生を見ていなかった。目は焦点が合わず、口はぽかりと開いている。眠っている……悪夢にうなされているようだと昭生は思った。
「どうした、歩。大丈夫か?」
「アユムはここを離れようとしてる」
返事をしたのはリリーズだった。一度は殺されかけたことも忘れ、昭生はリリーズを問い詰めた。
「離れるってどういうことだ。めざめようとしているのか?」
リリーズの無表情は一瞬、翳ったように見えた。
「いいえ。アユムはもっと深く眠り込むの。それがアユムの決めたこと」
リリーズの背後で、もうろうとした様子の歩が再度断崖に向き直るのが見えた。昭生は美紗の言葉を思い出した。
――最後には、生きることもやめてしまう……
「やめろ、行くな、歩!」
絶叫し、一歩踏み出そうとした瞬間、リリーズの髪が白銀の槍となって昭生を襲った。すぐさま割って入ったベベットの髪が昭生を脇に押しやり、同時にリリーズの攻撃を防ごうとする。だが、刃に姿を変えたプラチナブロンドは黒髪の拘束を切り裂き、そのままベベットの右腕を肩の付け根から切り飛ばした。
「ベベット!」
昭生が叫ぶのと同時にかすれた悲鳴が上がる。昭生は崖のへりで後ずさりする歩を見た。争いの音で目が覚めたのか、その顔には恐怖の表情が浮かんでいる。
「歩、動くな! 駄目だ!」
その声が届かぬうちに、歩は足を踏み外した。体が後ろに傾き、伸ばされた手がむなしくもがく。
昭生は前に飛び出した。歩の姿はすでに崖上から消えかけている。間に合わないと知って、昭生もそのまま身を投げた。
追って来た昭生を見て、歩が目を見開く。息子と目が合うのは久しぶりだった。
虚空の中で、昭生はさらに手を伸ばそうとした。
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