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今日からはじまる恋の話①
* * *
この恋を選んだら、もう後戻りはできない。
* * *
日本の最高学府として知られる東京大学に入学して二年が過ぎ、俺はこの春から大学三年生になった。
「ねえ、陽汰ってばっ!」
後ろから勢いよく肩を叩かれて、俺こと鈴村陽汰は振り向いた。
「さっきからめちゃくちゃ呼んでるのにシカト?」
声をかけてきたのは同じインカレサークルに入っている女友達のひとりだった。俺は耳に装着していたワイヤレスイヤホンを片方だけ外した。
「あ、悪い。音楽聴いてたわ」
「だと思ったけどさ」
「で、なに?」
「あー私、フットサル抜けるね」
「え、マジ? なんで?」
「じゃじゃん♪︎」
意気揚々に羽織っていたカーディガンを広げて、中のTシャツを見せてきた。胸元に七人のシルエットがプリントされていて、BTSという文字も確認できる。
「ついに同好会を作ることになったんだ! これオリジナルTシャツ! あ、もちろん非公式だから仲間内だけで着る用のやつなんだけどね」
大学には色々なサークルがあって、もちろんこうして好きなアーティストを応援する同好会もいくつかある。CDを買ってハイタッチ会に応募したり、推しのことをひたすら語る飲み会が開かれたりするらしい。
「だからまた陽汰んち行っていい? プロジェクターでライブ鑑賞会させてよ」
「バカ言うな。この前のせいでしばらく友達呼ぶなって言われてんだから」
「えーしばらくってどのくらい?」
「まあ、1カ月くらいは大人しくしてろ」
「ええー。じゃあ、許可が下りたらすぐに呼んでよね!」
「わかった、わかった」
軽くあしらって、友達と別れた。
世間から東大はガリ勉しかいないようなイメージをもたれているけれど、実際はそうでもない。もちろん勉強をしなければ入れない大学ではあるけれど、地頭が良ければ俺のように東大生になれる場合もある。
四月から暮らしているシェアハウスに着くと、まだ誰も帰ってきてないようで家の中は静かだった。
去年までは東大が用意してる三鷹国際学生宿舎、通称、三鷹寮に住んでいた。
家賃は安いし、部屋は個室。最寄り駅まではかなり遠いけれど、チャリ圏内にコンビニもスーパーもあるから生活するうえで不便なことはなかった。
けれど三鷹寮は原則二年間しか入居はできない。三年からは駒沢キャンパスから本郷キャンパスに移動することもあって、大体の生徒が東大前、根津、湯島の駅周辺を狙って住んでいる。このシェアハウスも根津駅の近くにあり、本郷キャンパスまで徒歩10分だ。
ルームメイトは現在五人。みんな三鷹寮を出た生徒たちで、俺も知り合いの口利きで間借りさせてもらっている。
三鷹寮も自由だったけれど、ここにも厳しいルールは存在していない。よって俺は毎日のように友達を呼んではどんちゃん騒ぎをしてた。結果としてひとつ上の先輩に怒られて今は自粛してる状況だけど。
「あれ、鈴村がこの時間にいるの珍しいね」
共同スペースのリビングでアイスを食べていたら、ルームメイトの宇津見零士が帰ってきた。
零士は俺と同じで21歳。三鷹寮でも同じF棟に住んでいて、この家でも部屋は隣同士だ。
「遊びに行こうと思ったけど金欠でやめた。お前こそいつもこの時間はいねーのにどうした?」
「洗濯機の調子が悪いままだから、コインランドリーに行こうと思って。鈴村のもついでにやってきてあげようか?」
「あーじゃあ、俺も一緒に行くわ。どうせ暇だし」
三日分の洗濯物を紙袋に突っ込んで、零士と出かけることになった。
零士はとにかく顔がいい。性格は物静かだけど頭の回転が速いから、どんな人にも対応できるコミュ力も備わっているようなやつだ。
正直俺は今までちやほやされて生きてきた。昔から欲しいものはほとんど手に入れてきたし、努力なんてしなくてもやりたいことは叶えてきたつもりだ。
勉強しなくても成績はつねにトップクラス。運動神経も良くて、そのうえ高校では三年間ミスコン1位に選ばれるほど顔面偏差値も悪くない。
親は建築会社の社長。つまり俺は跡取り息子で、将来的にも安泰。勝ち組という言葉は好きじゃないけれど、今まで色んな人に勝ってきたと思う。
でも零士に会って俺は初めて負けたと思った。
顔も頭もそうだし、なによりこいつには欠点がない。仲間同士で起業をして成功してるみたいだし、女子にも抜群にモテる。人に憧れたことなんてなかったけれど、零士になれるなら俺はなりたい。そしたら人生は100倍楽しくなるはずだ。
「この前、和久井さんにこっぴどく怒られたんだって?」
和久井さんとは、どんちゃん騒ぎのことを注意してきた先輩の名前だ。
「そうだよ。女子を呼んでチャビーバニーゲームやってたらうるせえ!ってマジギレされた」
「チャビーバニーって口にマシュマロ入れていくやつ?」
「そうそう。だからしばらくは誰も呼べない感じだよ」
「鈴村は呼びすぎなんだよ。とくに女子」
「だって俺が連れ込まなかったら家に男しかいねーじゃん! 女子がいたほうが楽しいだろ」
零士はそう?と、共感してくれなかった。
自分で言うのも変だけど、俺はモテ期が終わったことがない。今彼女はいないけれど、声をかければ今日中にできるくらい俺のことが好きな子は何人もいたりする。だから遊ばなきゃ損だし、遊びたい時に遊べる女の子だっていくらでも紹介できる。
でも零士は浮いた噂ひとつ聞かない。
よく出掛けたりはしてるけれど、彼女がいる様子はないし、言い寄られてもうまく交わしている。
俺よりも遊びたい放題のルックスをしてるくせに、硬派とか冗談だろって思う。
「なんで零士は彼女つくんねーの?」
「逆に作らなきゃダメなの?」
「ダメなわけじゃないけど。あ、わかった! お前、女にトラウマがあるんだろ! 昔、ひどいフラれ方をしたとか浮気されて裏切られたとか」
「そうだね。恋愛にトラウマはあるかもね」
こっちは真面目に聞いてるのに、零士は俺の話を流すような言い方だった。
零士はなにかと秘密主義だ。俺は嘘が嫌いだし、隠し事もしない主義だし、バレて困ることだってやらない。だけど零士はそもそも人のことをあまり信用してないように見える。
「鈴村は運命とか信じてる?」
電線にとまっていた2匹の鳥を見ながら、零士がぽつりと呟いた。
「なんだよ、急に」
「運命の人に出逢うと林檎の匂いがするらしいよ」
「はは、なんだそれ。そんなの聞いたことねーわ」
「そうだろうね。こういう話って必要としてる人の耳に入るようになってると思うし」
「つまりアレか。俺には貞操概念 がないって意味?」
「別にそこまでは言ってない」
でも俺にはそんなふうに聞こえた。
たしかに俺は運命を信じてない。よく生まれた時から運命は決まってるなんて言う宿命論者がいるけれど、そんなものは自分次第で変わっていくものだと思ってる。だから世の中に運命の人もいない。よって林檎の匂い説も作り話に決まっている。
「まさかそんな中二病みたいなこと信じてるわけじゃねーよな?」
「え、信じてるけど?」
「おいおい、目を覚ませって。そんなん信じてるから彼女できねーんだぞ」
「だって実際に林檎の匂いしたことあるし」
「え、じゃあ、お前は運命の人に会ったってことか?」
「まあ、運命にも色々種類があるからね。必ずしもそれが恋愛と結び付くわけじゃ――」
喋りながら、零士の唇が急に止まった。視線の先にはエコバッグを抱えた女性がいた。
「綾子さん……!」
零士はまるで飼い主を見つけたような勢いで駆け寄っていった。
女性は目を疑うほど美人だった。ベージュのトレンチコートを着てるけれど、スタイルの良さが遠目からでもわかる。大人の綺麗なお姉さんって感じの雰囲気で、年齢は二十代後半くらいに見えた。
「え、零士くん? こんなところでどうしたの?」
「今からコインランドリーに行くところです。綾子さんは買い物ですか? 仕事は?」
「今日は休み。天気がいいし、散歩がてらスーパー巡りをしてたの。零士くんの家って新川じゃなかったっけ?」
「寮から出て根津のシェアハウスに住むって前に話したじゃないですか」
「そうだっけ? 飲んでたから忘れちゃった」
綾子さんと呼ばれている女性と、零士はかなり親しげだった。零士は話しかければ答えるけれど、自分から寄っていくことはまずないし、こんなにも誰かに心を許してる姿を見たのは初めてだ。
零士って、こんなに嬉しそうな顔をするやつだったのか?
いつも省エネ思考で静かなくせに、今は別人みたいにご機嫌だ。
手懐けられているのか、それとも勝手に懐いたのか、ふたりの関係は端から見ただけではわからない。でも友達以上の親密さがあることは確かだった。
「こんにちは」
突っ立っているだけの俺の元に視線が送られた。綾子さんが俺のことを見ていた。無視する理由もなく、むしろ美人は大歓迎だ。
「あ、どうも、こんにちは」
「零士くんのお友達?」
「はい。同じシェアハウスに住んでる鈴村陽汰って言います」
「陽汰くんね。私は片山綾子です。ごめんね。足止めさせちゃって」
「いえいえ。別に急いでるわけじゃないんで」
綾子さんはとても気さくな人だった。酸いも甘いも知っていそうな感じで。だけど青臭い俺たちを見下してるわけでもない。
もしかしてさっき零士が言ってた林檎の匂いがする人って、綾子さんのことか?
ってことは、零士の運命の相手?
運命論なんて信じちゃいないけど、零士がことごとく女子からの誘いを断わっていた理由が見えてきた。
こんな美人と遊んでれば、そりゃ他に目はいかねーわな。
「じゃあ、私、そろそろ行くね。陽汰くんも零士くんのことよろしくね」
「はい。任せてください!」
つい条件反射で営業スマイルが出てしまった。よろしくと言われても、多分零士の中で俺は友達というカテゴリーにすら入っていないような気がする。
だってほら。ふたりきりになった途端に、この表情。
さっきは犬のように嬉しがってしっぽを振っていたくせに、今はまた静かな零士に戻っていた。
「あんないい女とどこで出逢うんだよ?」
俺もそこそこ顔は広いし、年上から年下まで色んなコミュニティは持ってるつもりだけど、あそこまで美人な女は滅多にいない。
「きっかけはインスタのDMだったかな」
「え、お前メッセージとか送るタイプだったの?」
「違う違う。綾子さんから来たんだよ」
「マジかよ。俺なんてインスタもツイッターもスパムメールしか来ないけど?」
「まあ、俺もスパムはしょっちゅう来るけど」
「それで会ってみたって感じ?」
「うん。そんな感じ」
零士のインスタは一応フォローしてるから見たことがあるけれど、はっきり言えばつまらない投稿ばかりだ。
基本的に食い物か、たまに風景を上げたりしてるけど、更新は月に一回あるかないかだし、顔写真も仲間内で撮ったものを1、2枚アップしてるだけ。
それでDMが来てあんな美人と出逢えるって、どんだけこいつは前世で徳を積んだんだよ。不公平すぎるだろ。
「あの人が運命の人なんだろ? なんで付き合わねーの?」
「綾子さんとはそういう関係じゃないよ」
「あの人とふたりで飲みに行ったりもしてんだろ。男と女がふたりきりになって酒が入れば大抵そういう流れになんない?」
俺からすれば、そこでなにも起きないことのほうが不自然だ。
「鈴村は清々しいほど〝普通〟の思考を持ってるよね」
「んだよ、それ。バカにしてんのか?」
「バカになんてしてないけど、鈴村に根本的なズレを教えない限り、これからもこういう会話が永遠と続いていくんだろうなって思っただけ」
「お前って本当にまどろっこしい言い方するよな。俺は賢いけど勘は悪いんだよ!」
「威張って言うこと?」
「だから、はっきり言ってくれないとわかんねえ」
そうやって促すと、零士は難しい顔で黙った。こいつの思考は読み取れないけれど、今頭の中で考えてることは透けていた。
俺が信用できる相手かどうか。腹を割って話せる関係かどうか。いくら精密な計算式を立てたところで、俺は零士に信用されてないし、腹を割って話せる間柄でもないことはわかりきっていた。
どうせまた、あれこれと理屈をつけて誤魔化すんだろう。そうに決まってる。
「たしかに鈴村には言うべきかもね。このままいけばあと二年は同じ家で生活するわけだし」
零士から返ってきた答えは、俺の想像とは違った。
「そ、そうだ。言え、言え! 隠し事は体に毒だぜ。全部俺に吐いちまえ!」
悪のりにも似た煽りだった。ここで一歩下がったら、零士はきっと俺になにも話さない。
さっき心を許してる顔を見てしまったぶん、なんで俺はずっと部外者なんだよというワケのわからない対抗心もあったかもしれない。
「俺ね、男の人しか好きになれないんだよ」
零士は透き通るような声で言った。反応することに出遅れていると、また穏やかな口調が飛んできた。
「物心がついた頃から恋愛対象が女性じゃなかった。だから彼女は一生できないし、女の人と付き合うこともない。ね、根本的に話がズレてたでしょ?」
その顔は少しだけ申し訳なさそうだった。
今まで色んなやつと接してきて、コミュニケーション能力は磨いてきたはずなのに、なんにも言葉が出てこない。
頭を硬いもので殴られたような衝撃だった。そうなんだって納得するにはあまりに安っぽくて。悪いと謝るのは、なおのこと違う気がした。
零士は「ごめん」と言って、コインランドリーに向かって再び歩き出す。なんのごめんなのかはわからないけれど、零士はそのごめんを言い慣れているように感じた。
――LGBT。セクシュアルマイノリティの総称であり、少数派として用いられた言葉だ。
でも今は20人にひとりは性の問題を抱えていると言われていて、それは左利きの人と同じ割合らしい。
その中でも男性同性愛者はよくピックアップされる。芸能人でもそれを売りにしてタレント活動をしてる人もいるし、珍しいことじゃない。
それでも俺の友達にはいないし、知り合いの知り合いにいるという話も聞いたことがない。男は当然のように女を好きになり、女は当然のように男を好きになる。俺はそんな世界線にしかいなかった。
「え、零士のこと知ってたんすか!?」
俺は珍しくルームメイトの部屋を訪ねていた。それは同じ学部の先輩でもあり、この家の一番の古株でもある和久井さんだ。
あいつのことは隠しつつ、LGBTの話をそれとなく振ったら「零士のことを聞いたんだ」なんて言うもんだから、つい声を大きくしてしまった。これじゃ、こそこそ和久井さんのところに来た意味がない。
「俺だけじゃなくて、他のルームメイトも知ってるよ」
「じゃあ、知らなかったのって俺だけ? 和久井さんはあいつから直接聞いたんですか?」
「もちろん。自分の生活圏内にいる人には極力打ち明けるようにしてるみたいだよ。別に隠してるわけじゃないし、先に喋っちゃったほうが後が楽だからって」
つまりみんなで飯を食ってる時も、プロジェクターで映画を見てる時も、バーカウンター作ろうぜってDIYをした時も、俺だけがなにも知らなかったってわけかよ。仲間外れ、なんて子供っぽいことを言うつもりはない。でも、どうしたっていい気はしない。
「……和久井さんは聞いた時、どんな反応したんですか?」
「どんなって、ただそっかって言ったくらいだよ」
「驚かなかったんすか?」
「実は俺の従兄弟が零士と同じなんだよね。それで【バル】っていう店を経営してるから、もしよかったら行ってみればって紹介したら喜んでたよ」
「店ですか?」
「LGBTの人が集まるバーだよ。あ、今はLGBTQか」
「Q?」
「クエスチョニングのQ。性自認と性的指向が決まっていない人もいるんだよ」
和久井さんは俺と違ってかなり詳しかった。おそらく身内にいたこともあって、今まで聞いたり調べたりする機会がたくさんあったんだろう。なんだか今まで自分が狭い世界で生きてきたことを見せつけられているような気持ちになった。
「陽汰は零士のことを知ってどう思ったんだよ?」
「俺は……」
わかりやすく言葉に詰まってしまった。
「ぶっちゃけ零士は陽汰にだけはバレない限り言わないって言ってたんだよ。もしかしてお前から勘づいた……ってわけじゃないよな、その顔は」
じゃあ、なんで打ち明けたんだろうと、和久井さんは首を傾げていた。
自分の感情と折り合いがつかないくせに、俺だけには黙っているつもりでいた零士に腹がたっていた。
なにが子供っぽいことを言うつもりはないだ。十分ガキじゃねーか。
「和久井さんとの話は終わったの?」
リビングに向かうと、零士が洋画を見ていた。この前金曜ロードショーでやっていたロードムービーだ。こっちは気づかれないように和久井さんに相談しに行ったというのに、それすらも零士にはお見通しのようだ。
「なんで……なんで俺だけに隠そうとしてたんだよ。他のやつらには前から話してたくせに。俺が言いふらすとでも思ってたのかよ」
「違うよ」
「じゃあ、なんだ!」
自分でもビックリするほどムキになっていた。零士が誰に話そうと関係ないことなのに、その選択肢の中に自分がいなかったことがどうしても許せない。
零士の視線がテレビから外れた。俺が放っている刺々しい空気とは真逆に、友情を確かめ合うような感動的なシーンが流れている。
「鈴村って俺からすればすごく純粋に見えるから」
「え、は? 純粋って俺が?」
「そういう人って必要以上に相手の気持ちを察しようとするでしょ。だから俺のことで余計な気を使わせたくなかったし、鈴村の思考を煩わせることも嫌だったから」
まさかこんな答えが返ってくるなんて思ってなかった。
「純粋ってなんだよ。俺の経験人数知ってんのか」
「純血と純粋は違うよ。何人と寝てようと汚れない人はずっと心が綺麗だよ」
きっと零士は俺以上にたくさんの人と交流をしてきた。その中で汚さも綺麗さも見てきたような口振りだった。
「ごめん。これからも同じ家に住むのにやりづらくさせちゃって……」
「そんなことな……いや、違う。接しづらさはたしかにある」
俺は誤魔化すことなく、自分の気持ちを正直に話した。
「俺はずっとお前になりたいと思ってたんだよ。同時に勝ちたいとも思ってた。だから零士に欠点があったらいいって。ひとつぐらい誰にも言えないようなことが……」
「ゲイなのが欠点?」
「…………」
俺はあの時、一瞬だけ零士は〝普通の人〟じゃなかったんだと思った。普通がなんなのかもよくわかってないくせに、自分の価値観だけでこいつのことを普通ではないと思ってしまった。
「引くほど最低だし、立派な差別だし、自分の浅はかな考えに反吐が出るけど、俺の中に男が男を好きになるっていう考えがなかったんだ」
だから零士になにも言えなかった。こそこそと和久井さんに相談する方法しか思いつかなかった。
「性の対象として男は女。女は男。それが一般的な考え方だから鈴村の感情は間違ってないよ。昔と違って差別は減ってきたと思うけど、それでも受け入れてない人のほうが圧倒的に多いから仕方ないことだよ」
おそらく零士は否定的な反応に馴れている。だからこそ自分が悪いわけではないのに〝ごめん〟という言葉をたくさん使ってきたんだろう。
今まで俺の周りにLGBTの人がいなくても、隠していただけで、言えなかっただけで、俺の身近にもいた可能性があったのかもしれないと思った。
「多分俺、お前に対して無神経なこと言いすぎてたよな。本当に悪い」
「別に無神経だなんて思ったことないよ」
「まだ動揺はしてるけど、零士のこと否定してるわけじゃないし、偏見だって持ちたくない。零士は零士だから俺はなんにも変わんない。変わるつもりとかねーからな」
言葉足らずすぎて、どこまで伝わっているかわからない。零士は目を丸くさせたあと、なぜかクスリと笑みを溢した。
「鈴村って、思ったことはなんでも言うよね」
「そうだ。悪いか?」
「ううん。鈴村に話してよかったと思って。鈴村なら信用できる。これからもよろしく」
零士は自己紹介のように手を差し出してきた。知り合って3年目だというのに、初めて宇津見零士という人間に触れられたような気がした。
ただの握手なのに緊張して、信用できると言ってもらえたことが心の底から嬉しかった。
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