What we are unknowingly looking for

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What we are unknowingly looking for

2  市バスの「岡崎公園 美術館・平安神宮前」でバスから降り、少し歩いて、京都市京セラ美術館に辿り着いた。煉瓦の壁と瓦屋根、全体的に何処かの国の宮殿のような造りの建物。スロープ状の広場があり、全面が透明な窓ガラスで覆われた地下一階部分、そこの自動ドアが入口となっている。 「先輩、何をボーっとしてるんです? 早く行きましょう!」  建物をぼんやり眺めていると、入口付近から七条君の声が聞こえ、慌てて後を追った。  中に入り、チケットカウンターで二枚のタダ券を見せ、正面階段を上り展示室へ向かう。地下一階にはカフェやお土産ショップもあるらしいが、今は展示室が優先だ。 「うわぁ……」  口から感嘆の声が漏れた。中央ホールはとても広く、まるで教会の中のような清廉な雰囲気だった。観光客が多く、騒がしさも少しはあるが、美術館の中ということもあり、とても落ち着いた雰囲気だった。このエリアでゆっくりと腰を落ち着け、読書でもしたら、一日中入り浸ることが出来そうだ。  京セラ美術館名物の螺旋階段も見かけた。蛇のようにとぐろを巻いており、まるで白い蛇の様だ。あの階段を上って、上からホールを見降ろしたら、どんな景色が見えるのか興味がある。奥の扉を出ると東広間という場所に出る。大理石で囲まれた空間。美術館らしい厳粛な雰囲気が味わえそうだ。大きな庭園もあるみたいだし、是非、ゆっくりと眺めたい……と思っていたのに。 「先輩、東広間に出て、左の道に行って、奥に進むんですよ! 問題の彫刻はそこです。早く行きましょう!」  七条君が俺の手を無理やり引っ張る。コイツには情緒とか風情といった感情の欠片が全く無いらしい。(せわ)しない奴だ。俺は溜息を吐いて、七条君の後に続いた。東広間の奥のガラス越しに立派な庭園が見え、しばし眺めたくなったが、七条君が急かすので落ち着いて見られなかった。とんでもない奴だ。  彼の言う通り、奥の方で「江藤終語の彫刻展」は開かれていた。受付で再びタダ券を見せ、中に入った。  何処かで見たことのあるような、ないような、そんな彫刻がズラリと並ぶ。具体的に何を表しているのかが分かる彫刻もあったが、抽象的な形の彫刻もあった。 「先輩、こっちです!」  七条君が呼んでいる。俺は展示場の奥へ進むと、確かに一室の半分のエリアを巨大な円柱の彫刻が占拠している。壁には大きく「扉を開いた方には、中のお宝を進呈!」と書かれてある。 「何だよ~。これは難しいよ」 「クッソ~、京大の俺が解けないとはな……」  若い男性二人が頭を抱えながら、部屋を出て行った。どうやら、想像以上の難問のようだ。  彫刻の側に立っていた学芸員さんらしき女性が近付いてきた。 「こんにちは。謎解きに参加されますか?」  学芸員さんの問いに七条君は 「はい!」 と元気よく返事をする。その答えを聞き、学芸員さんはニコリと微笑んだ。 「承知いたしました。では、ルールの説明をさせて頂きますね。他のお客様も参加される為、制限時間は三十分となり、解けなかった場合は部屋から退出して頂きます。制限時間内に扉が開けば、中の宝物はお客様に進呈いたします。彫刻に触れるのは構いませんが、物理的に扉を破壊するのはルール違反です。そのような場合は器物損壊罪で警察に通報させて頂きます。よろしいですか?」  これで「嫌だ」なんて言ったら、即通報されるだろう。そう思わせるような冗談の通じなさそうな雰囲気を学芸員さんは漂わせていた。 「はい、大丈夫です」   七条君が言い、俺も頷く。 「何かご質問があれば、遠慮なくお申し付けください。案内は私、和気白雪(わけのしらゆき)が担当させて頂きます。それでは、ゲームスタートです!」  和気さんが手に持っていたタイマーのボタンを押す。俺と七条君は慌てて彫刻へと向かった。  彫刻の形状は大体、七条君が言った通りだった。少年と少女、そして扉の彫刻。少女は鍵を持っており、扉の鍵穴に突き刺している。扉の奥は立方体の箱。そして、円柱の周囲にはアルファベットが書いてあるボタンが付いていた。試しに一つ押してみる。  カチンという金属音がして、ボタンは奥に引っ込んだ。そして、そのまま出てこない。 「あぁ、N先輩。そのボタンは一度押したら出てきませんよ。他のボタンも押していくと、七回でリセットされて出てきますけどね」  七条君の言う通り、他のボタンも押していくと七回目で引っ込んでいたボタンが全て元に戻った。 「つまり、押すべきボタンは七個ってことか」  次にボタンに書かれているアルファベットの規則性を調べる。立方体の箱の奥、円の真上に位置するボタンには「N」と書かれていた。方位磁針の上も「北(North)」だから、方角が関係あるのかと思ったが、その予想は外れていた。  ボタンは全部で十二個あった。そして、円の真上のボタンから順に 「N➝U➝T➝U➝T➝M➝U➝H➝S➝T➝I➝I」 と書かれていた。 「あっ、N先輩。先週は気付きませんでしたが、これも何かのヒントになっているかもしれませんよ」  七条君が台座のとある部分を指差す。そこには奇妙な言葉が書かれていた。 「E to Z」  和気さんがこちらに来て、説明してくれる。 「これは江藤終語のサインですね。他の彫刻にも同じ文字がありますよ。Etoで江藤。Zはアルファベットの最後の文字ですから終語を表しています。ただ一点だけ気になるのは、この彫刻のサインだけようになっているんです」 「本当だ。これ、ボタンと同じように押すと引っ込みますね」  七条君が実際に「E」の文字を押した。カチッという音がして、奥に引っ込む。他のボタンを押していくと、七回目で他のボタンと同じように元に戻った。 (ボタンだけじゃなく、サインの文字も扉を開く為のスイッチになっているのか……)  俺は注意深く台座を眺めた。「E to Z」の隣に彫刻のタイトルが刻まれているのを見つけた。 「What we are unknowingly looking for」  翻訳アプリで調べてみる。「私達が無意識のうちに探している物」という訳だった。それがの正体なのか? そういえば、七条君の話の中で江藤氏も似たようなことを言っていたと思い出した。  次に少女の像に目を向ける。少女は両手に鍵を持っており、扉を開こうとしている。あの鍵が取り外せて、実際に使えないだろうか……と考えたが、流石にそれは他の人も試しているだろう。  七条君はまだボタンと格闘していた。ボタンを適当に押しながら、ブツブツ呟いている。 「う~ん。丸に十二個のボタンだからなぁ。かなと思ってたけど……。江藤氏がアメリカで生まれた時間とか、この作品が完成した時間とか? 流石にそんなの分かりっこないですよ!」  ―――その言葉を聞いた時、ふと頭の中で何かが閃いた。崩れたパズルが元に戻るかのように。 「いや、分かったよ。七条君、今の君の言葉でね。安心したまえ。『宝物は僕達の手中にある』と推理の悪魔がそう言っている」    
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