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三つの釜でそれぞれ四回の炊飯を行い、また大鍋では野菜を入れた味噌味の粥を作り、夕方には三俵の米を全て使い果たした。炊き出しに並んだ人の中には、二度、三度と握り飯を受け取りに来る人もあり、明日の朝食にも充てるようであった。こんな炊き出しを三日も続けると、当初来るのは女性と子供がほとんどであったが、若者や中年の男も見られるようになり、その中には公家侍もいた。それというのも此度の火事では四軒の公家屋敷が焼失していた。そして、五日目には東町奉行所与力を名乗る武士が同心を従え、石像寺に現れた。
「我等は東町奉行所の者だが、ここの炊き出しは誰が差配しておるのか」
「はい、私と大黒屋さんですが」
畏まって利兵衛は答えた。
「何処の者か」
「私は弥兵衛と申し、松原麩屋町にある不動寺に勤めております。大黒屋はこの近くの紙問屋にございます。炊き出しの申し出は、私どもの町代様からこちらの町代様へ書付を持って、お知らせしております」
「それは遠い所から、ご苦労じゃ。ところで炊き出しは、火事明けの日からと聞いておるが」
「その通りにございます」
「それはまた感心なことじゃ。当奉行所のご用人も賞嘆されておる」
「ありがたきお言葉にございます」
弥兵衛は頭を下げながら、奉行所から咎められるのではなく、京に来て何か認められたような気分に満ちていた。
「そこでじゃが、奉行より感状が下されると申されており、明日にでも奉行所へ立ち寄ってもらえないか」
「感状にございますか。それは名誉なことにございますが、私の名は無くし大黒屋さんのみでお願いします」
「それは、何故じゃ」
「私は唯、思い付きを話しただけにございます。炊き出しの費用は全て大黒屋さんであり、こちらがご息女にございます」
「そうか。そなたが智慧を出し、大黒屋が勤めたか。若いのに、なかなか奥床しい御仁じゃ。あい、判った。我は、勘定方与力柿崎仁左衛門、これは同心斎藤慎太郎じゃ。ご息女から大黒屋に伝えてもらいたい。奉行所に来れば、どちらかの名を言ってもらいたい」
「はい、判りましてございます。うちの父も大層喜ぶと思います」
智里が、微笑んで答えていた。
「それにもう一つ言っておく。二、三日後になろうと思うが、此度の火災で被災した者に拝借米五千俵が出されることになろう」
この翌日、大黒屋の父と娘が東町奉行所を訪い、用人より奉行の感状を受け取った。更に数日後には、禁裏からも呼び出しがあり、何と丹波掾と言う官位まで受領した。それは炊き出しに来ていた公家侍から上申があり、幕府に対抗する意図もあったかと思われる。弥兵衛の思い付きではあるが、それを娘が咀嚼して伝えてくれた。大黒屋は大金を使うことになったが、その見返りは大きく、流石に我が娘と自慢の絶頂でもあった。そこで由緒も定かではない弥兵衛との婚約の話まで、喜々として持ち出して来た。
弥兵衛は、こんな話に乗ることも無く、まだ数日の炊き出しをしていた。そこに拝借米が人々に行き渡り、いよいよ終わりの日を迎えることになった。寺の住職には心ばかりの礼として三両を寄進し、ほとんどの夜を過ごした石像寺から鍋釜を大八車に積んで帰途についた。長屋に戻ると、長屋の人には約束通り参加してもらった日数に応じ、日割で一分を支払った。思わぬ収入に心を弾けさせた人からは感謝もされたが、元々は火事で災難を被った人々に手を差し伸べた労いであり、弥兵衛は逆に慰労の言葉を掛けていた。
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