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「えっ、日に一分どすか。なら判りました。わしは手伝わせてもらうさかい」
源七が大声を出して、即答している。顔を見合わせていた連中の中にも、今日からと言う者に明日もやるなら明日からと言う者もおり、今日は三人の者が出掛けることになった。そこに長屋の表から智里が現れた。
「朝から大きなお声を出さはって、どないしやはりました」
「あっ、これは嬢(いと)はん。お早うございます。昨晩の火事見舞いに弥兵衛はんが炊き出しをしたいと仰るもんで、皆で手伝おやないかと相談しとったとこどす」
答えた源七が智里の顔を窺った。
「あー、上京の火事どすか」
「そうです。西陣と言う土地が、ほぼ全焼したそうです」
弥兵衛は、夜半に吾平から聞いた話を伝えた。
「そこまで大きな火事になっておましたか。それで炊き出しをしなさると」
智里が暫し考え、直ぐに答えを返した。
「それで、炊き出しの道具や材料はどうしやはります」
「それは、これから買い集めるつもりです」
「それなら、大黒屋で整えます。店の手代と丁稚から、二、三人出すようにしますさかい、お手伝いされる皆さんと一緒に材料を買い集めとくりゃす」
「えー、そんなことされると旦那様に叱られまへんか」
横合いから源七が口を出している。
「お父はんには、うちがきっちりと話しますさかい、大事おまへん。ところで場所は決まっておますか」
「焼損しているようですが、西陣の西端にある石像寺です」
「あー、釘抜地蔵どすな。北野神社の帰りに、何度か行ったことがおます」
智里は、こんな大火になれば所司代か奉行所から、下京の町々にきっと何がしかのお達しが来るはずと見込んでいた。それに先駆けて支援の手を差し伸べるのは、同じ京の町衆として心がけるべきことと感じていたのである。父親が、こんな娘の申し出を快諾し、直ぐに道具と材料を整えることを手代に指示した。合わせてこの町内の町代に申し入れ、石像寺で炊き出しを行う旨の書付を、上京の町代宛てに書いて貰った。
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