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小指の第二関節ぐらいの大きさのおじさんには、ふわふわの羽が生えている。白いワンピースを纏い、右手にはステッキ。
「あなたはいつに戻りたいですか?」
そりゃ、あの時だ。
今日、殺されるんなら玲奈と会っておけば良かったんだ。そしたら俺も殺されないし、妻も幸せになれたんじゃないか?
「玲奈からのLINEが来た時に戻りたい。あの時に戻りたい!」
「ファイナルアンサー?」
「ファイナルアンサー!」
おじさんはステッキを掲げると、何かを唱え始めた。するとステッキから光が放たれ、その眩い光が俺の体を包むと……意識が遠のいていった。
………
ハッ!
目を覚ますと、会社のデスクに座っていた。周りを見渡し時計を確認すると、あの時のあの時間に戻ってきているみたいだ。
ピロン
「ねぇ、今夜会える?」
玲奈からのLINEだ。あの時と全く一緒だ。
ここで選択を間違えたら、俺は妻に殺されてしまう。慎重に文字を打って送信する。
「うん。大丈夫だよ」
「わーい!ありがとう!」
このままだと妻が怒ってしまう。妻に「別れよう」なんて入れたいけどダメだ。
「ごめん、今日は残業になりそうだ。誕生日祝いは明日にしよう」
「分かったわ」
今日殺せなくて残念だと思っただろうか。もしかしたら、明日毒を盛ってくるかもしれない。でも、とりあえずは今日を乗り越えなくては!!
仕事が終わると、玲奈のアパートへ向かった。
ドキドキする。妻が来たりしなければいいが。
「賢ちゃん、会いたかった!」
愛らしい笑顔が出迎えると幸せいっぱいになり、細い体をぎゅっと抱きしめた。
とりあえず、今夜を乗り越えてやる。
ソファーに座りながらソワソワしている俺に、玲奈は心配そうに声を掛ける。
「どうしたの?」
「え?大丈夫だよ」
その頃、TVでは2時間サスペンスが流れ、男女が言い争いをしているシーンが映し出される。
「賢ちゃん……話があるの」
隣に座り込んだ玲奈が、真剣な顔をして口を開く。そう言えば、昨日もそんな様な事を言っていた気がするな。「何の話?」と玲奈の手を握り締めながら、ドラマも気になりつつ聞いた。
「赤ちゃんが出来たの……」
ドラマのセリフとちょうど被さる。
「えぇ?!!」
思わず手を解いてしまった。
ドラマを見た後、玲奈に目線を戻すと般若の様な顔をしていた。妻を思い出す。
「やっぱり、イヤなのね? その顔を見たら分かるわ!赤ちゃん出来ても、奥さんとは別れてくれないのよね?!ね?!」
「えっと、そ、それは……」
君とは一緒になりたいが、まさか、赤ちゃんが出来るなんて思いもしなくて……
勢いよく立ち上がった玲奈はキッチンに向かい、何かを持ち出してきた。
その頃、ドラマでは「ぎゃああああ!」と男が悲鳴を上げて女にメッタ刺しにされている。
気付いたら玲奈が俺に馬乗りになって、銀色に輝く出刃包丁を振り上げている。
ちょっと、待て、待てよ。この状況は最悪だ。
せっかく、おじさん天使に時間を戻してもらったのに、これじゃあ昨日と同じじゃないか。
巻き返さなきゃ!
「玲奈、待ってくれ!妻と別れてお前と一緒になりたいと思っている」
「う、嘘でしょ?」
「本当だ。妻とは離婚する。だから、玲奈、結婚してくれ!一緒に赤ちゃんを育てよう!」
よし!よく言った。
「け、賢ちゃん……嬉しい!!」
包丁を持った玲奈はそのまま、俺に強く抱きついた。
良かった……これで、ハッピーエ、ン……
んん?
脇腹辺りから、じわりじわりと何かが滲んでいく感覚がする……生温かい何か。それが段々広がっていくと、鋭い痛みが全身に襲いかかる。
い、痛い……
何だ?この痛みは……
脇腹を触ると、手のひらには朱色の液体が付着した。そして、そこにはなんと、包丁が突き刺さっていた。
「いやああああ!!賢ちゃん!ごめんなさい!間違えて刺しちゃった!!!」
そんな事だろうと思ったよ。
めちゃくちゃ痛いな……気絶しそうだ。
こんなに痛いなら、昨日の方がまだ良かった。
赤い湖の中に寝そべると、あたふたした玲奈が映し出された。早く、救急車を呼んでくれ。
ごめんな、玲奈。
一緒になれそうにない。
赤ちゃん1人で育てなきゃいけないな。
見たかったな。
お前との赤ちゃん可愛いだろうな。
お前は他の人を見つけて、幸せになれよ。
息子は今頃、ゲームでもやっているのだろうか。元気でな。
お前は強く、優しい男になれよ。
父ちゃん、また、HPが1になったみたいだ。
お前が魔法で回復させてくれるか?
ダメだったら、コンティニューを押してくれよ。頼んだぞ。
あぁ、
どっちを選んでいても……
俺には死しか待っていなかったんだな。
挙動不審になった玲奈は、俺に刺さった包丁に手を伸ばし、一気に引き抜いた。
ドバーッと
真っ赤な鮮血の噴水が舞う中、
俺は、コンティニュー出来ない人生に幕を閉じる事となった。
完
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