笑顔の理由

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先生のツテのそのまたツテのコネみたいな、もうほとんど無関係だけどよろしくお願いします的なゴリ押しで小さな機械部品製造会社になんとか就職を決めて、晴れて一人暮らしを始めて1年。 不景気の煽りを喰らってあっという間に会社が潰れて、だけど笑顔で送り出された手前、そのことを家族に言えなかった。兄が私立の医大に通っていたこともあって、僕が就職を選んだことを心底喜んでいた両親に余計な心配をかけたくなかった。 1年の間に貯めたお金があるうちにと次の就職先を探すものの、新卒ですら見つからなかったのにそう簡単に見つかるわけがない。 結局……夜の世界に踏み込むしかなかった。 最初に勤めたのはオメガ歓迎というキャバクラだった。接客の方が時給が良かったからそっちが希望だったけど、見た目が地味だからと言われてボーイになった。 昔から物事の飲み込みが遅くて要領が悪い僕は、新しいことを覚えるのにひどく時間がかかった。だから随分意地悪もされて……でも慣れっていうのはすごいね。すみません、すみませんって笑って頑張るうちに、なんとかこなせるようになってった。 そんな時、ナオトと出逢った。同じ地域にあるホストクラブに勤めるホストで、さもありなんというイケメンだった。 店の女の子のひとり、カホちゃんのお客さんだったんだけど、とある夜、「おにーさん。オメガなんだって?」と声をかけられたのが僕たちの始まり。 なんでも明け透けに話すナオトはオメガとのセックスに興味があるって直球で言って来て、丁重に断ったんだけど何度も何度も粘られて……それで、一度飲むだけでもって縋られて、アフター(ボーイの場合もアフターって言うのかな)して、結局お持ち帰りされてしまった。 別に女の子じゃないし、いいけど。ヒートも来てなかったし、ただ痛いだけの僕の初めて。 でも、ナオトはすごく明るくて、実は孤独と不安と常に背中合わせで生きてた僕には、突然訪れた救いだった。 ナオトはしょっちゅう店に来てくれて、だから僕もナオトの店に通った。 ボーイの時給なんて知れてるからボトルを入れるとかそんなの全然無理だったけど貯金を崩しながら、頑張って。 そしたらナオトは顔を見れるだけでも嬉しいって言ってくれて、そのうち頻繁に店に来るのは僕の負担になるだろうから一緒に暮らしたい、そうすれば毎日逢えるだろうと言われた。 その頃には、ナオトにゾッコンになってしまってた。初めての恋だった。
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