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プロローグ
シェルダン皇国は、元々ローアン大陸の真ん中辺りにある小さな王国に過ぎなかった。しかしそれを面白く思っていなかった現皇帝グスタフⅢ世の父グレゴリは、中でも弱小だった北隣の国へ侵攻を始め、あっという間に周りの2国を配下に置いてしまった。そして、3国を統べる皇帝を名乗ったのだ。しかし彼は若くして病に倒れてしまった。
幼くして帝位を継いだグスタフⅢ世は父の遺志を次ぎ、成年になると同時に侵略を開始した。
彼は国力を上げながら南にも侵攻し、もう2国を配下に置いた。しかしシェルダンの南にあった小さい国々は、シェルダンの侵略を待ちはしなかった。彼らはシェルダンの暴挙に対抗するため手を結び、共和国を作ったのだ。それがいまあるサウスランドである。
それを見たグスタフは、侵略に興味を失ったかのように突然侵攻を止めた。といっても、この時シェルダンはすでに押しも押されもせぬ、ローアン大陸一の強大な国になっていたのだが。その後、グスタフはシェルダン皇国の頂点に君臨し、今に至っている。
今を遡る事15年。シェルダン皇国の首都エスメラルダ。その中心に聳えるシュバルツ城の皇帝謁見室の中。
「皇帝陛下、ジーニアスは豊かな国です。」
グラディークは、意味ありげにグスタフⅢ世の顔を見た。グラディークは今年30になるまだ若い男だが、その若さからは考えられない程の知恵者であった。彼の髪は漆黒。瞳の色は灰色。長身の体を、黒い衣装で覆っている。グスタフはジッと彼の顔を見た。
「それで?」と先を促す。
「シェルダン皇国の発展のためにも、ジーニアスは今潰しておいたほうがよろしいかと。」
「潰す?」
グラディークが恭しく頭を下げた。
「はい、このまま放っておけば、何時、我が国を脅かす存在になるやもしれません。」
グラディークの言葉に、グスタフは眉間に皺を寄せた。
「そうか?それ程の力はないように思っていたが・・・」
「いいえ、皇帝陛下。そのように安心をされてはいけません。今に国力をあげ、何時わが国を襲ってくるやも知れません。それに」
僅かに笑う。
「それに、かの国の交易で得られる益は、捨て置けるものではないかと。」
「うむ、確かにわが国より豊かではあるようだ。」
グスタフが小さく頷く。
「はい、その通りでございます。ここはその益を、わが国のものにしてはと思いますが、いかかでしょう?」
グスタフは、暫し考え込んだ。
「して、何か策はあるのか?」
グスタフの質問に、グラディークは深く頭を下げた。
「勿論でございます。私にお任せいただければ滞りなく事を運んでみせます。」
「そうか。ではそのことについては、そなたに任せる。」
「御意。皇帝陛下、では、大臣たちを招集してよろしいでしょうか?」
その言葉にも、グスタフは黙って頷いた。グラディークは、皇帝に恭しく頭を下げると、謁見の間から辞した。1人廊下を歩いていく。
これで自分の計画の下準備は整った。後はジーニアス王国をシェルダンのものにするだけのこと。その時ジーニアスの幼い王子を抹殺する。それから姫を、人質に取ることを忘れてはいけない。そうでなければ、自分の計画は成っていかないから。さてどのように攻めるか。
なあに、あの国は平和ボケした国だ。属国にするなど造作も無いこと。
グラディークの傍に、これまた黒装束の男が近づいてくる。彼はグラディーク腹心の部下、アルギラス。浅黒い肌に鋭い光を帯びた黒い瞳。黒髪を短く切り揃え顎に美しく整えられた鬚を生やしている。グラディークは彼に、大臣たちに招集をかけるよう命じた。
これからジーニアスへ侵攻をかける準備をする。
さて、忙しくなりそうだ。
これから彼が、今までじっと息を潜め、考えてきた計画が始動する。彼のように後援のものを持たない男が、台頭していくには時間が掛かるものだ。そんなことは百も承知している。
彼はこのためだけに今まで計画を練り、この国の中枢まで入り込んだのだ。それには大変な苦労があった。そのことを思うと、後十数年ぐらい待つことも厭わない。
グラディークは1人ほくそ笑んだ。
※※※
辺りは火の海だった。ヒルダは小さい包みを大事そうに抱え、城の外へと続く階段を駆け下りていた。
突然、後ろから男の怒鳴り声が聞こえた。振り向く彼女の目に、シェルダン皇国の兵士が映った。その男は彼女を捕まえようと、恐ろしい形相で迫ってくる。
もう駄目だ!
ヒルダは胸に抱えた包みを守るように、その場にしゃがみこんでしまった。
その時、剣と剣が打ち合わされる音が響いた。ヒルダが恐る恐る顔を上げると、彼女の前に立ちはだかるように、わが国ジーニアス王国の近衛兵が立っていた。彼は敵の剣を押さえ込みながらヒルダのほうを振り向くと、彼女の目を見て力強く頷いた。ヒルダも頷き返す。
彼女はすぐに立ち上がり階段を駆け下りた。彼女の後ろで剣を打ち合う音が響く。大勢の人間が、階段の上に集まってくる声が聞こえた。
きっと彼は、あの近衛兵は、命を落とすことになるだろう。
ヒルダの目から涙が零れ落ちた。
しかし、ヒルダは振り向かない。なぜなら彼女には、何よりも大切な使命があったから。
彼女の後ろで、城門が音を立てて崩れていった。
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