空の広いまち

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「研修も終わったし、一人暮らししたい」  十年前、就職してすぐの七月のこと。日曜の夜、ビールを片手にテレビを観ていた父はこちらに視線を移す。洗い物をしていた母も、流しの水を止め、カウンターキッチンの向こうからやってきて、リビングの椅子に腰掛ける。 「いきなり、どうしたの」 「いきなりじゃないよ、ずっと考えてた。もう社会人だし、自立したいの」  空になったビール缶を握りしめる父の横で、 「自立ったってそんな甘いもんじゃないでしょ。家事だって全然得意じゃないの知ってるわよ」  母は厳しい口調で続ける。 「わかってる。わかってるけど、もう決めたから」 「職場だって通えないわけじゃないだろう」  黙り込んでいた父がやっと口を開く。 「これからもっと忙しくなるんだよ? 片道五十分は遠いよ。もっと会社の近くに住みたい。地下鉄への乗り換えがすぐにできるわけじゃないし、この町は不便だよ。お父さんは、ここが好きなのかもしれないけどさ」
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