空の広いまち

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「絶対帰ってこないような口ぶりだったのに」と母は口を尖らせながらも笑った。父は 「ったく。そんなにこの町は変わってないぞ」  不貞腐れたように言いながらもどこか嬉しそう。 「うん、いいの。それがいいの」  十年ぶりに、以前通っていた美容室にちょっと緊張して行くと、いつも担当してくれていた松本さんが「あれ、久しぶりじゃない? おかえりなさい」と微笑む。顔を見てすぐにわかってくれた。  並木道を歩くと、遥か遠い海の町で育ったはずの彼が「懐かしい感じがするね」と言う。小学校の帰り道、香っていた花と同じ香りだと。鳩の鳴き方も同じ、なんて言いながら、ポッポーと鳴き真似をする。  ベランダの生い茂った木々に、名前も知らない鳥が集まってくる。妙に尾の長い一羽が、可愛らしい歌を奏でてから広い空へと飛び立っていく。 「鳥のさえずりで目覚めるのって憧れてたけど、案外騒がしいものだね」  彼は笑った。  私たちは、朝早く起きるようになった。  昔、父とボートに乗っていた公園へ向かう。水筒にいれたコーヒーと、お気に入りのパン屋さんで買ったメロンパンとサンドイッチを持って。  そよそよとなびく深い緑色の葉の合間に木漏れ日が――彼とベンチに座って、池の中心で朝を迎える鴨の優雅な泳ぎをただ眺めるのが日課になった。  先進的でも、きらびらかでもない――ただ穏やかな日常。
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