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(一)
目の前の異形のものに倉林和希は刀を構えたまま震えていた。何度固唾を飲んだだろう。
場所は住宅地と繁華街の間だろうか。
時間にして夕方。駅から自宅に帰ろうとする人々が丁度多く行き交う頃だ。
和希の後ろには滅多に見れない妖怪を見ようと多くの人が群がり、それぞれの端末のカメラ機能を妖怪に向けている。
全身緑色二足歩行。頭には大きな目が一つと、ニヤリと両端を上げた口が付いている。片手三本の指に付いた長く鋭い爪はチャキチャキと音を立て、それが彼らの武器であると思わせる。
あまりの気持ち悪さに好奇心で写真も撮りたくなるだろう。妖怪が苦手な和希からすれば、その好奇心が羨ましい。
「はーい。危険ですので一般人は近付かないでー。写真とか撮らないでくださーい。危ないですよー」
現場に慣れた先輩、戸山景親が群衆に声をかける。一九〇センチほどある長身の彼の声も、本来ならよく響くはずだが、人々はあまり聞き入れない様子。基本的に二人組で任務を行うが、群衆相手だと人手が欲しくなると、戸山は心の中で悪態をつく。
「倉林、ここじゃ人が多すぎる。近くに林があったろ?誘導できるか?」
戸山がチラリと和希を見やる。和希は戸山の一言にびくりと肩で反応し、さらに震え青ざめた様子で口の端を上げた。
「…はい」
「…無理すんな」
あまりの様子に戸山も和希を可哀想に思う。だが、このままこうしているわけにもいかない。二人は刀を構える。相手は幸いにも二体。感じる妖力もそこまで強いものではない。
「先に行け」
戸山の言葉を合図に和希が走り出す。…目を瞑りながら。
「やああああああああ!!!!」
刀を構えて向かってくる和希に妖怪たちも構えるが、自分たちの間を走り抜けていく和希に一瞬反応出来なかった。ここで妖怪たちが走り去る和希を見送り、目の前にいる戸山に集中しなかったのが幸い。知能が低いタイプの妖怪なのだろう。二体は向かって来た対象物を逃すまいと和希を追いかけて行った。戸山も二体を見張りながら後を追う。
*
古来より人間を脅かす妖怪から人間と人間社会を守る祓魔師。そのほとんどが「祓魔庁」と呼ばれる政府機関に所属し、日夜調査と討伐を行っている。
しかし時代の変化についていくための知能を持たない妖怪が多い事、人間を嫌う妖怪が多い事など理由があり、妖怪たちは人前に姿を現すことが減った。その存在すらも認知こそされているが、今では一般人だと一生に片手指分見れるかどうかと揶揄されるほど。そのため祓魔庁も政府機関でありながら知る人ぞ知る組織、且つ国のお荷物のような扱いだ。
だが妖怪の存在は確かであり、好戦的な妖怪がいるものも事実。祓魔師は陰ながら必要な人材であった。
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