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朝食の後、チェックアウト寸前までジャグジーで、水遊びを楽しんだ息子たちを着替えさせると、大きな荷物と共に、夫が運転する車に乗り込む。 帰りたくないと、駄々を捏ねる下の子をどうにかチャイルドシートに乗せて、車が走り始めると、急に現実の世界へと連れ戻されて来たような気分になった。楽しい夢から覚めた朝のような感覚。 朝ごはんが遅かったせいか、そこまでお腹が空いてなかった私は、昼ごはんは軽めでいいよねと問いかけると、長男が透かさず、外食をしたいと言い出した。 この二日間ですっかり気が緩んでしまった彼に、まだ外食は出来ないのと説明すると、うーんと一言言って、そのまま黙り込んだ。てっきり、なんでどうして?とごねられると思っていたので、肩透かしにあったような気分になりながらも、一応念を押して、「けんちゃん、お友達にはホテルに行ったこと、あんまり話さないでくれるかな」と頼めば、「どうして?」と無垢な表情を向けられた。 「行けないお友達もいるからね」と苦しい言い訳をすると、ふーんとまた一言だけを残して、それ以上何も言わなかった。なんとなく、申し訳ないような気持ちになりながらも、その時は、こんな小さな子に、内緒にしてねと言っても守れるはずがないと思っていた。特に楽しいことなら尚のこと、抑える事が出来ずに、お友達に会ったら話してしまうんだろうと。だから、そうなった時に備えてなんて言い訳しようと、そればかりに気を向けていた。 しかし、私の予想は当たらずに、長男は何も言わなかった。 楽しかった報告を次々としてくる友達を前に、ただ黙って、何も言い出さなかった。 それが何を意味しているのかは分からない。ただ、母親の言いつけをたまたま守っただけだったのか、自分がこれまで我慢してきただけに、どこも行けなかった友達を気の毒に思ってのことなのか、それとも幼心に何かを察しているんだろうか… いずれにせよ、きゅーっと胸の奥を締め付けられるように苦しくなって、健気に我慢している様を見て、居た堪れないような気持ちになる。そして、私はなんて酷い事をこの子にさせているんだろうと、自責の念が募ってきた。
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