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late summer
『お久しぶり、元気しとる?
もうずっと帰ってへんから、なんや淋しいな』
その文面を見て、肩の力が緩む。
送り主は、幼馴染ののんちゃん。
歩いてすぐのところに住んでたのんちゃんとは、幼稚園から高校までずっと一緒で、高校を卒業してからも、地元の短大に行ったのんちゃんと、隣の県の大学に進学して家を出た私は、事あるごとに行き来して遊んでた。
のんちゃんが関西に嫁いでからもずっとそんな感じで、のんちゃんは夏休みと冬休みには、必ず実家に帰って来てたので、毎年ニ回は必ず会っていた。
『もう、なんなん?
コロナって、アホやな』
光る画面に映った、その文字を読んだ瞬間、思わずぷっと吹き出してしまった。
サラッとした顔でそんな事を言うのんちゃんの顔を思い出す。
「そやな、アホやな」
のんちゃんのマネをして、呟いてみる。
頭に浮かんでくるのは、炎天下のあぜ道を二人で駆け回っていたあの頃。
そこには何もなかった。
入道雲が浮かぶ空の下、蝉の声が煩くて、何をするでもなく、あっちに行ってはカエルがいたよ、こっちに行っては蝉の抜け殻があったと、そんな事にいちいち反応して、ずっと二人で一日中遊んでいた。
喉が渇いたら、どちらかの家に戻って、冷蔵庫に常時してある麦茶を飲んで、時々お小遣いをもらったら、それを握って近所の駄菓子屋まで走ってた。
本当に何もなかったけれど、のびのびと自由に遊べたあの頃が、どんなに贅沢で、幸せだったのか今なら解る。
「ほんま、アホやな」
もう一度、そう口にした頃には、先ほどまでの鬱々とした気分は、少し軽くなっていた。
そうか、こんなことだったのかと、不意に思い出す。
ずっと、忘れてた。
いろいろ考え過ぎて、雁字搦めになって、身動き取れなくなっていたけれど、単純な事だったのかもしれない。
辛ければ、辛い時ほど、ふっと笑い飛ばしていたのんちゃんの横顔が思い浮かぶ。
そうか…と。
懐かしいあの頃の事を思い出しながら、頭の中には、昔流行った曲が流れ始める。
その優しい男性歌手の歌声、ノスタルジックなメロディーを回想していると、スーッガチャっという物音の後に、くぐもった歌声が聞こえてくる。
それは、まさに今頭の中で流れているものと同じものなんだけど、その歌声は、透き通ってもなければ、音も外れていて、でもどこか楽しげで、物真似じみたそんな能天気な声に、再び吹き出してしまった。
濡れた髪を拭きながら、さっぱりとした顔で浴室から出て来た夫は、笑った余韻の残った顔の私と目が合うと、「何?」と聞いてきた。
「ううん」
そう返事をすると、「そう」と言って、今度は鼻歌に変わった先程の歌。そのまま冷蔵庫へと直行して、よく冷えた缶ビールを取り出し、私の方に向けて、「飲む?」と聞いてきた。
「うん」と頷いて、私が立ち上がるのを確認すると、夫はダイニングテーブルにそれと、もう一本を取り出し、お気に入りのツマミきゅうりのキムチも隣に置いた。
「えぇー、明日仕事なのに」と言う私に、「マスクするから平気、平気」とサラッとした顔で言う夫。
そう言われて、夫と向かい合わせに座った時には、まっいいかと思える様になっていたから不思議だ。
プシュという小気味いい音と共に、何か自分の中から何かが抜け落ちた。
いろいろあるけれど、今は目の前にいるこの人と、まったりとしたこの時間を楽しめばいいかと、音の外れた鼻歌を聴きながら、もう一度ふんわりそう思った。
終わり
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