第13章 頃合いは、今。なのか

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「お前が考えてるほど切羽詰まってない話とも言い切れないよ。前々から何度もお見合いをさせようって企てはあったみたいなんだけど、これまでずっとのらりくらりとかわされてきたみたいなんだ。でも、今度はかやちゃんも本気モードだよ。お屋敷の財政が案外余裕がないみたいで。ここで一発逆転を狙うにはこれしかないね、とか言って張り切ってたみたいだから」 「…お金のため?」 わたしはさすがにちょっと嫌な気分になって眉をひそめた。 「政略結婚、てこと?もしかして」 「まあ、多分それに近いよな。だって財政を立て直すためって、金持ちと結婚させてそこからこっちへお金を流させるってことだろ?つまりその辺の所持金ゼロのちびっ子は最初から全然お呼びじゃないってこと。残念だな、もっと他の条件もちょっとは勘案してくれるなら。万に一つくらいは眞珂が参戦できる望みもなくはなかったかもしんないのにさ…。一番ないだろ、可能性。財力と社会的地位」 「もちろん。ないよ」 そんなことに自信があってもしょうがないけど、めちゃくちゃきっぱり断言できるほどそんなもの当然ない。最初からあるわけない。 「でも、わたしどうこうじゃなくて。お金が欲しいから結婚なんて、あの人に限って受け入れるかな。他人と暮らすなんてそもそも無理そう。すごくひとを選ぶタイプだよ、間違いなく。…誰でもそばにいられるような人じゃない」 哉多は落ち葉を詰めた袋を抱えて持ち上げ、わたしを促しながら口では辛辣に突っ込んだ。 「お前ならそばにいられるってこと?ま、そりゃそうかもしれないけどさ。だからって結婚相手の候補にはなれないよ。眞珂と結婚しても一銭も懐には入って来ないもんな。かやちゃんが絶対に許さないと思うよ」 「別に。わたしが結婚したいって言ってないよ」 冗談じゃなく。畏れ多すぎて一片のリアルさも感じることができない、そんな想像。 「そんなにお金持ちが身内に欲しければ。いっそ茅乃さんの方が玉の輿見つければいいのに。結構美人だしコミュ力もあるし。あの行動力ならがんがん攻めて、めちゃくちゃお金持ちでいい男難なくゲットしてきそう。…だけど」 半分本気で期待を込めて呟くと、哉多はすげなくわたしの希望を片付けた。 「かやちゃんは能條家の人間じゃないもん。自分の結婚相手の財産を館に注ぎ込むのは筋道がおかしいし。だいいちそれじゃ能條家の跡取りは生まれないってことじゃないの。レッサーパンダが隣の檻でいくら頑張って交配して子どもいっぱい産んでも、ジャイアントパンダの子は増えないじゃん。結局パンダ本人を交配させないと」 「嫌な例え出すなぁ」 わたしは思わず顔をしかめた。そういうことかもしれないけど。 人間を動物園の生き物に例えてしかも交配の話に平然と持ってくあたり、相変わらずその辺無神経なやつだ。でも、ある家の血筋を絶やさないよう結婚させて子ども産ませるって。まあ本質的にほとんどそれと違わないのは確かだ。 「血を絶やさないって、そこまで大事なこと?結婚したくない、向いてない人を無理やりさせてまでって。そんなの普通の家ならそういう人が最後の血統になった時点で自然と終わりじゃん。諦めるしかないと思うけど。…近い親戚から養子に入るとか、何か別の方法があると思うけどね。それこそ茅乃さんの子どもとかでもいいじゃん」 哉多はにべもなくその案を退けた。 「かやちゃんに能條家の血は全然流れてないから。あいつのいとこではあるけど、下鶴家からかやちゃんの父親の妹がここに嫁入りしたって関係だし。それに本人が結婚したくないかどうかお前が勝手に決めつけるのもどうかと思うよ。そう思い込んでるだけで確かめたわけじゃないだろ。案外当人は奥さん来てくれて子ども産んでもらって、あったかい家庭欲しいって内心思ってるかもしんないよ。それで救われる可能性だってあるかもじゃん」 「救われる…」 まるで彼が溺れてるみたいな言い方。と思いつつそんな仮定に引っかからないこともない。 確かに。彼が頑なに遠ざけてるだけで、いざ誰か具体的な存在が目の前に現れて。彼を全面的に受け入れて、あの人の子どもを産んであげたりしたら。 案外彼はそれで孤独を埋められるのかな。結婚なんてとても、って思い込んでたけど。これはこれで悪くないな、なんて幸せを噛みしめるようになるのかも…。 彼は好き好んで孤独を選んでる、ってのもわたしの勝手な決めつけ。ただの思い入れなのかも。 道具をしまう小屋の前にたどり着いた。奴は枯葉の詰まった袋をその脇にぽんと積み上げ、ぼんやりしてるわたしの手からてきぱきと熊手を取り上げて小屋にしまいながら結論づけるように言い渡す。 「かやちゃんが言うにはともかく。館が経営的にピンチだってことももちろんだけど、あいつを孤立したままずっと放っとくのもよくないって気にしてもいるみたいなんだよ。人間不信になって心を閉ざしても無理ないような育ち方をしたらしいんだけど。あのまま独りにしといたらますます偏屈になって心を蝕まれて、社会に出るきっかけを逃すから早めに状況を変えてやらないとって。わたしがそばにいるのにそんなことになったらあの人のお母さんに申し訳が立たない。ってさ」 「…茅乃さんにとって。叔母さんに当たる方、だっけ?」 ぽんぽんその口から出てくる台詞は相変わらず軽い調子だけど。何だか内容が心持ち不穏だ。わたしはやや眉をひそめて奴に訊くともなく独りごちた。
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