第13章 頃合いは、今。なのか

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わたしの独り言めいた問いに対して、哉多はいつになく真面目くさった顔つきで重々しく頷いてみせた。 「そ。なんか、かやちゃんはその人に生前可愛がられてて。すごく綺麗で神々しくて、憧れの人だったんだってさ。あの人の血を受け継いだ子孫が絶えて、しかも彼女が大切に手入れしてたこのお屋敷とバラ園が関係ない他の人たちの手に渡るのは我慢ならない。…みたいな話してたよ。なんか、相当無念で壮絶な亡くなり方だったらしいね。あんまり詳しく教えてはくれないんだけど、俺には」 「何かの事故、だったよね」 前に哉多の口からそんな話題がぽろっと出たような。あれは確かな筋から出た話じゃなかったの? ずいぶん前、レストランで食事した帰りの車の中でそんな話になったような記憶。確かそのとき常世田さんが不慮の事故だった、って発言したと思う。 柘彦さんのご両親は同時に亡くなってる筈だったから。…普通に考えて。相当致死性の高い感染症でもない限り、夫婦同時に病死するってないよね?交通事故とか何かの事件に巻き込まれたとかの方が死因としてはしっくり来る気がする。 ちょっと心を何かの手で一瞬直に触られた感覚がして、ぞわりとなる。…何か事件に巻き込まれる、か。 無念で壮絶、とか不穏な表現使われると。そういう可能性もなくはないのかな、ってちらと思っちゃう。…かも。 哉多はそこまで興味がないのか、少し素っ気ない顔つきで肩をすぼめてみせた。 「うーん、どうなんだろ。ちょっと話に出たときに訊いたことあったけど。かやちゃん何か珍しく口が重かったんだよね。変な話だけど、車で事故死とかだったら。そりゃ悲惨で悲しい話だけど、別に口に出して説明できないってこともなくない?もうだいぶ時間が経ってる昔の話でもあるわけだしさ」 「…柘彦さんは。そのとき、巻き込まれないで済んだのかな?」 ふと思い当たって独りごちる。こうして今無事にここにいて、見たところ特に後遺症とかもなさそうだ。 交通事故だとしたらその場に居合わせなかったか、比較的軽症で助かったのか。当時の記憶はあるんだろうか?そもそも、彼が何歳のときにお二人は亡くなってるんだろう。 改めて思えばわたしはそういう背景も全然知らない。彼の個人的なことに立ち入る資格はないと思い込んでたし、実際そうだ。 だけどそういう過去の経験が現在の彼の状況や精神状態に何か影響を及ぼしてる可能性は否定できない。外に出られないで日々館の中だけで完結して過ごしてるのも。本来の性格からって勝手に納得してたけど、そもそも何か直接的なトラウマから来てるってことも充分あり得るわけだよね…。 「さあ?俺もそれはわかんないよ。前にあいつの両親ていつ頃死んだの?とか何で死んだの?って軽い気持ちで訊いたらかやちゃんあんまり答えたくなさそうで。何だかんだごまかされちゃったから」 それは訊き方も何というか。あんまりよくなかったんじゃ…。 哉多はわたしを館の入り口の方へと促しながら気軽な口振りで簡単に言い放つ。 「そもそもお前、その気になればいつでも本人に訊けるじゃん。それが一番手っ取り早いと思うけど。普通ならちょっと尋ねにくいことだって。眞珂とあいつくらい仲良ければ平気だろ?当時のこと覚えてるかどうかなんて。そもそも本人じゃなきゃわかんないだろうしさ」 「いやぁ、それは…。さすがにそんな話題。彼本人の前で切り出せる気がしない。かなぁ…」 わたしはすっかり腰が引けて口ごもった。 あなたのご両親が亡くなったときのこと教えてくださいとか。そんなの尋ねて彼がどういう反応をするか正直全く想像がつかない。向こうからそのことに触れてくれればもちろん知りたいと思うけど。 どんな悲しい思いをしたかも知らないのに、やっぱりそこまで立ち入れない。だけど本当は、そこまで踏み込まないとあの人を支えられる立場になれたとは言えないのかもしれないな。 わたしは足許にまとわりついてくるノマドをうっかり踏まないように、俯いて足取りを緩めながら考えた。 柘彦さんにいきなり何の前触れもなしにそんな話題は振れない。だけど、それとなく周りから情報を得る努力はしてみようか。 茅乃さんはその話は嫌がりそうだけど、澤野さんも常世田さんも当時居合わせてはいなくても何があったかは知ってるみたいだし。興味本位じゃないってわかってくれれば多少は何か教えてはくれるかも。 そうやって少しでも彼の事情を知って支えになれれば。…絶対にあの人が誰かと結婚しなくても、少しは精神的に救われる状況に持っていく役に立てる可能性はある。 「…今度、きっかけが作れれば。澤野さんか常世田さんにでも、それとなく訊いてみようかな」 断じて彼が結婚する必然性をなくそう、なんて動機からじゃない。 だけど何もお見合いでよく知らない人を見つけて心の支えになってもらわなくても。今そばにいるわたしたちの誰かが彼の心を救うのに手を貸せれば、もちろんそれに越したことはないじゃない? そう自分に言い聞かせつつわたしは屈んで足にまとわりつくノマドを抱き上げた。 そして喉をごろごろ鳴らすご機嫌な彼女を抱え、やや改まった気持ちで哉多のあとについて館の通用口をくぐった。
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