第14章 免疫ないから反応がちょろい

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第14章 免疫ないから反応がちょろい

ここまでそれなりにこの館に適応して、居心地よく呑気に暮らしてたわたしだったが。一年半経った今になって急に、いくつもの懸案事項がいっぺんに浮上してきた。…気がした。 表面上は何の変化もない。相変わらず茅乃さんに、眞珂、もう今年も冬だよ?やっぱり来年も受験しない気なの。高校卒業してあんまりあいだ空くと、せっかく勉強して頭に入ってたことみんな忘れて全部やり直しになっちゃうよ、とちょくちょく脅かされるくらい。 進路の話なら師匠から、一年以上バラ園を世話してみてやり甲斐あるって思ったなら本格的に目指してみりゃいいんじゃねぇの?最初の頃に較べるとだいぶ体力もついて要領もよくなってきたし。ちょっと非力だけど本気でやるなら手助けすんぞ、と言ってもらえているので。方向としては結局そっちかなと半分以上思いかけている。 だけどやっぱり茅乃さんは今いちいい顔をしない。もうそろそろわたしには大学進学なんて向いてないって。諦めてもいい頃だと思うが。 「眞珂みたいに世間を知らない子にはわかんないと思うけど。大卒か高卒かで生涯賃金が全然違うんだから。それに、福利厚生がきちんとしたなるべく大きな企業に勤められる可能性だってぐんと高くなるし…。通信制でちゃんと高卒資格得たのは偉かったのは認めるけどさ。それはそれ、就職するのに有利っていうような学歴とはならないから。やっぱりこのあと行く大学で最終学歴の底上げした方がのちのちいいんだよ。あんたみたいに家族の後ろ盾がない身寄りのない子にはさ。…結局そういう目に見える経歴があれば、長い目で見たらそれが最後には効いてくるんだから」 と懇々と説教された。…まあ。言いたいことはわからないでもない。 彼女は彼女なりに、わたしの行く末を心配してくれてるからこその口出しなんだろうな。自分の目の届くところにいる間はサポートもできるが、いつまでも永遠に館にいるとは限らない。独り立ちしても充分なスペックに仕上げておくに越したことはないと思ってるんだ、多分。 だけどそのためには何がなんでも大学へ、って結構思考回路に柔軟性がないというか。頑ななんだよな、意外に。 わたしもいつまでものらりくらりとしていられないので一応下調べはしている。大学か短期大学、あるいは五年制の高校の指定学科を卒業してからじゃないと取れない国家資格もあるけど(造園施工管理技士とか)、そこまで難関じゃなくて専門学校で勉強して取れる資格だってちゃんとあった。師匠にも相談して、せっかく学校に通うんなら造園技能士を目指したらどうだ?ってアドバイスをもらったのだ。 「こっちもれっきとした国家資格だぞ。あの下鶴さんのことだから、ただ漫然と専門学校通うって言ったら絶対首を縦に振らないだろうしな。二年間勉強してそのあと実技経験積めば国家資格受験できるんです、って言えばちょっとは説得通じるかもしれねぇ。そういうお堅い形式的なものに弱そうだからね、あの人」 「国家資格…、うーん。確かにそういう目指すものがないと。お許しは出なさそうかも…」 わたしはあまりに情勢を熟知した的確な助言に思わず唸った。堤さんは普段茅乃さんと一緒に仕事する機会って言うほどなさそうだけど。それでも彼女が何を好物としてるのかちゃんと把握してるんだな。まあそれだけわかりやすいっていうか。逆に言えばある意味ちょろいって言えなくもないけど。 わたしが進学しようとすれば彼女が学費の面で立ちはだかる壁になるのは必然だし、どうせ造園技能士になるんなら中途半端なことせずに大学行った方が尚更いいに決まってんでしょ!って反対されるのは目に見えてる。だったらあともう少し頑張ってしっかりお金貯めて、自力で専門学校への入学決められるまで待った方が結局話が早い気がする。 幸い今の生活では、家賃や食費も払う必要がないのですごい高額なお給料とは言えなくてもそこそこ順調に貯金できてる。使う機会もほとんどない、わたしはお金かかる趣味もないし休日も街に降りたりしないから。受験するしないでこれ以上不毛な戦いを繰り広げるより、さらに一年くらい入学遅れても自分のお金で学校に行けるならそれが一番すっきりする。 というわけで、師匠に相談をしながら今後については表面上保留の状態を維持しているのだが。その様子を見て何もしないでのらくらしている、と解釈した茅乃さんに切れられた。 「この冬も大学受けない気なら、せめて運転免許くらい取りなさいよ。費用は立て替えてあげるから。もう申し込んできちゃったからね、面倒がらずにちゃんと通うんだよ」 「まあ。庭師やるつもりならそりゃ、どのみち運転免許は必須だな。いい機会だからそこは一念発起して、時間のある今のうちに取得済ませときなよ。教習所にかかる金だって結構馬鹿にできないんだし、チャンスはチャンスだよ。上の人が取ってこいって言ってくれるうちに取っといた方がいい」 話を聞いた師匠もここぞとばかりに同意するし。というわけでわたしも根負けし、バラ園の農閑期に仕事の合間を見て自動車教習所についに通うことになった。
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