第14章 免疫ないから反応がちょろい

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そんな成り行きだから、受験しないって決めた農閑期の冬場のシーズンでも結局忙しくなってばたばたしてしまう。だけど心の端っこではずっと、あのとき哉多に言われた根拠のない台詞のいくつかがずっと引っかかったまま気になっていた。 まず、柘彦さんに縁談が来るかもしれないって話。これはさり気なく澤野さんや常世田さんにそろそろあの方、そういう話もあるんでしょうかね?と尋ねてみたところ、茅乃さんの方では今現在リアルタイムで、そのためにだいぶ本気で奔走してるらしいってことはわかった。哉多は嘘ついてたわけじゃなかった。 「ずっと前からいい話があれば、って折に触れて相手探してはいたんだけどね。最近になってかなり有望な候補の当たりをつけたみたいで…。でも、明治とか大正でもない現代のことだから。柘彦さん本人が会わない、って顔として拒絶すればどうしようもないだろうし。そこはどうなるか」 澤野さんはどっちともつかない話し振りで困ったようにわたしに教えてくれた。 「お見合い相手の具体的な候補自体はちゃんといるんですね」 夕食の支度を手伝いつつ確かめるように小さく口の中で呟くと、何故か彼女はわたしを元気づける口調になって明るい声でフォローしてくれる。 「うーん、でもまあ。あの通りへんく…、気難しい方ではあるし。素直にお見合いの場に出て来られるかどうかっていうと微妙よね。茅乃ちゃんのことだからあの手この手で脅しつけて何とかお部屋から引きずり出したとしても。あの方がにこりともせず一言も喋らなければお相手の女性だって是非結婚しましょ、とは普通はならないでしょ?あんまり本気で心配するほどのことにはならないかもよ、眞珂ちゃん」 「いえあの。…別にわたしには。特に関係ない話には違いないんですが、もちろん」 慰めの混じった口振りにちょっと困惑する。哉多にもだけど。やっぱり澤野さんの目から見ても何かがだだ漏れてるのかな、わたし。 彼と自分がどうにかなれるなんて絶対、金輪際考えてはいないのに。そんな無謀な夢を抱いてる頭の悪い子だとみんなに思われるのは心外ではある。まあほんとにちょっとだけ、本音のところを認めれば。…あの人が誰のものにもならないでずっとこの館であのままでいてほしい、って願ってはいないとは。正直言い切れないけどさ…。 だけど。 「…あの方だって永遠にこのお屋敷に閉じこもって誰とも関わることなく孤独に人生を終えるなんて。本当はそれじゃよくないだろうし、ご本人がどう言ってもそれはそれとして伴侶がいてくれた方が幸せなんじゃないかって。茅乃さんが考えても当たり前だし、確かにその方がいいのかもしれないですよね。…自分の幸せを成就するために自ら動く人じゃないし。そうやって周りの人が背中を押してあげるのがほんとは正解なのかな」 「うーん…」 わたしが手を休めずに小松菜を刻みながら俯いてぼそぼそと独白すると、澤野さんはどう答えていいか、といった雰囲気で苦りつつ答えてくれた。 「単純にあのお方を幸せにして差し上げる、ってことならそれでいいかもしれないわね。だけど忘れちゃいけないのは茅乃ちゃんが考えてるのは必ずしも柘彦さんの幸福だけが最優先、ってわけじゃないってことかも。だってそれなら家柄だとか格だとか。お相手の財政状況とかどれだけこのお屋敷を援助する意思があるかだとか。そんなの詳細に精査する必要あるわけないじゃない?」 「…はい」 わたしは感情を表に出さずに冷静さを保って俎板の上の切った小松菜をざっ、と沸きたった鍋の中に入れた。 そうか、やっぱりそこは厳密に審査されるんだな。社会的、経済的条件を満たさなければあの人と結婚させるわけにはいかないってわけだ。まあ、効率最優先な茅乃さんらしい。 そこはさすがにビジネスライクに過ぎると感じているのか。澤野さんはわたしに同意を求めるような独り言のような、曖昧な口振りで手早く流しの中の洗い物を片付けながら付け足した。 「そんな条件よりあの方が一緒にいて幸せを感じるのはどういう女性なのか。世間的に見て相応しいかどうかなんかより、柘彦さんから見て好ましい相手かってことだけを見て選択してあげれば縁談もちゃんと意義があるとは思うんだけど。ねぇ?」 「うーん、あの方の女性の好みとか。普通レベルのわたしたちの想像からは思考の枠外になるような気はしますから。…難しいのは確かかな」 もやもやと天使そのものみたいな気高い、純白な女の人を思い浮かべようとするけど全然無理。わたしには想像力と表現力が足りない。かといって今までわたしが出会ってきたごく普通の女の人のうちの誰を隣に置いてみても、なぁ。…正直、撃沈。 ふと思い出して駄目元で尋ねてみる。言葉の選択に気をつけなきゃ、と一応神経を遣いつつ。 「あの。…あの方、もともとあそこまで控えめというか。非社交的な性格だったんでしょうか。人嫌い、交流嫌いなのは小さな頃からずっと?」 もしかして。ご両親を失った『事件』以後に性格が変わった、とかは? 澤野さんは洗い物を終えてぱっぱっ、と手の水を払い布巾で水気を拭き取りながらあっさり返してきた。
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