第14章 免疫ないから反応がちょろい

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「わたしがここに通うようになったのは二十年、…は経ってないか、まだ。十八、九年くらい前からだから、あの方は小学六年だったかな。それを小さいって言えば言えなくもないけど。あんまり今と変わらなかったわよ。変な話だけど、十二歳にして既に完成された人格。って印象だったわ」 「それは。…そのとき彼のご両親は、まだ」 思わず尋ねながら、わたしは彼がいつから一人になったのか、そんなことも未だに知らないんだな。ほんとに重要なことも些細なことも何一つ知らない。とつくづく実感せざるを得なかった。 澤野さんの答えはどこか素っ気ない響きを帯びていた。 「もう先代のご夫妻は既にいらっしゃらなかったわ。その頃には、…ご逝去されてた。だから、その前の柘彦さんがどうだったかわたしは知らないの。もちろん、ご両親がいっぺんにいきなり前兆もなく亡くなって影響を受けない子どもなんてそうはいないだろうし。あの方の性格がそれ以来変わってしまったって可能性は高いかもね。でも、それは推測でしかない。茅乃ちゃんかご本人にしかわからないわね、今となっては」 当然常世田さんも知らない、と。年齢を考えても当時この館に出入りしてたとは思えないし。いや大学出で新卒ならもう入社はしてるのか。そしたらここに出向はしてなくても。社内の噂とかで当時あったことを耳にしてるとかはあり得る? 「…彼は何歳のときから。一人、なんですか?」 遠回しに事件(か事故)はいつだったか、と尋ねてる。さっきいきなり前兆もなく、って言ってた。どうやら長患いの果ての病死って線はない。と考えてよさそうだ。 彼女は下味をつけた鶏肉を冷蔵庫からてきぱきと取り出して、こっちを見ずに短く答える。今手にしてる鶏肉がすごい興味深い食材だってみたいにそちらに意識を奪われてる、風に見えた。 「さあ?わたしも詳しいことは…。確か、小学校の低学年くらいだったんじゃなかったかしらね。そんなことご本人に訊くわけにもいかないし」 お館のご当主とそんな会話をするのは畏れ多い、と。…まあ、その感じは。もちろんわたしにもわかる、けど。 ジップロックの袋から鶏肉を取り出して、彼女はこれでこの話はおしまい。とばかりにきっぱりと断言して蹴りをつけた。 「とにかく、わたしは当時このお屋敷にいたわけじゃないから。確かなことは何も言えないわ。あんまり無責任な噂話をするのもどうかと思うから…。どうしても知りたいなら柘彦さんご本人に教えてもらうしかないけど。さすがにそこまではできないわよね、わたしも眞珂ちゃんも?そこまでして過ぎたことを今からほじくり返しても。結果誰も幸せにはならないんじゃないかしら?」 澤野さんが噂レベルではその件について話す気になれない。ってことははっきりとわかった。 まあ、彼女の言いたいことも理解できる。わたしだって彼の幼少期の惨たらしい悲しい話を聞いて平気でいられるってわけではない。小さな子がいきなり両親の存在を奪われて、それ以降ずっと心を閉ざしてしまった可能性すらあるっていうのに。 だけど全然知らないままでいいのかな。柘彦さんといるときにうっかり無神経に地雷を踏まないように。避けて通るべきポイントがわかってるだけでもだいぶ助かるんだけど…。 だけどわたしは結局、彼のご家庭に過去起こった悲劇については知るのを諦めた。 常世田さんも口が固かった。柘彦さんが小学校に上がってしばらくして、ご両親が一度に亡くなられたとか?と機会を見つけてさり気なく尋ねても、やっぱり微かに額を曇らせて曖昧な台詞を返すだけ。 「そうだね。…僕も入社後何年かは全くこことは関係ない部署にいたから。未だに全然知らないんだよ、その時のことは。ここで話題になることもないしね」 その割に全く自身で考えた推測や当時耳にした噂をほんの少しも教えてはくれなかった。いくら無責任なことは言えない、とは言っても。ちょっとほどがある、ような。 多分二人とも詳しくはなくても、それなりに前提となる最低限の知識はあるんだ。だけどそれを何も知らない相手に今さら触れ回りたくない、ってことか。 駄目元で当時既に庭師として働いてたはずの堤さんにも尋ねてみると、 「あ?…おお、先代のご夫婦な。…ああ、えーっと。事故かな、確か。今のご当主?さあ、確か巻き込まれないで無事だったと思うけど。その頃は俺は駆け出しの上に他の現場担当で、ここは親父が受け持ってたからなぁ…。御葬儀やなんやかんやで、しばらく庭園に立ち入れなくて薔薇の維持に困った、って昔話は聞いた覚えあるよ」 と、ところどころ具体的で信憑性はあるが。やっぱり当時この館に居合わせなかったから細かい話は知らないしこれ以上知るつもりもない、ってことはわかった。 次は茅乃さんと対峙するって手もなくはない。だけどただでさえ彼のお見合いセッティングのことやわたしの進学の件、お屋敷の経営状況が思わしくないことなどで見るからにかりかりしてるのに。 そんな爆弾をいきなり彼女の面前に投げつけるのは正直どえらい度胸が要る。柘彦さんのお母様をこの上もなく神聖視してたって話だし、何でそんなこと今さら眞珂が知りたがるのよ!とか言ってぶち切れられそう。
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