第13章 頃合いは、今。なのか

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哉多はわたしの不興を買った自覚があるのかないのか、臆することなく平然と返してきた。 「欠陥だとは思わないよ。一般論で言えばね。まあ、成り行きでたまたま適当な相手に巡り会わなかったり機会がなかったりすんのは普通のことでしょ。でも俺は眞珂個別の話をしてるんだよね」 なんか話の雲行きが怪しくなってきた。軽く奥歯を食いしばっておいた方がいいかも、前もって。 奴は全く濁ったところのない真っ直ぐな眼差しをわたしに正面から向けてきた。自分がしたいだけの動機で動いてるのに。ここまですっきりきれいな罪のない顔、よくできるな。こいつ、半端じゃない。 「お前みたいな性格のやつがこんな閉鎖環境に適応して永遠に引っ込んでたらさ。放っといたら、世界が終わるまで時間かけても全然そういうチャンス巡ってこないよ。てか結局大学進学する気ないんだろ、眞珂って」 「う。…まだ完全にそうと決まったわけじゃ。ないけど」 一応、ある程度まとまった額の貯金ができたら改めて進路を決める、と周囲の人たちには説明してある。哉多だってそのことは知ってるはずだけど。 専門学校はまだ可能性があるけど本心では大学への進学は半ば以上諦めてる、ってことはやっぱり見透かされてるんだろうな。と思ったらそれ以上反論するのを躊躇してしまった。 奴はベッドの上で上体を捻って起こした状態で、動きを止めてわたしの方を見上げて容赦なく続けた。 「そしたらまじで、俺以外の男に出会う確率なんてこの先もゼロじゃん。だったら迷ってもためらっても、結局俺とどうにかなるしか選択肢なくない?どうせいつかはそうなるってわかってるんならさ。今がいい頃合いだろ、って。そう言ってんの、つまりは」 間を取っ払っていきなり結論を最初に持ち出してたけど。すっ飛ばした間を繋げるとつまりはそういう論理の道筋。…って言いたい、のか。 いや全然それで説得力増さないから。わたしはきっとなって顔を上げた。 「別に、絶対誰かとどうにかならなきゃいけない決まりなんてないでしょ。あんたしかいないからどうせいつかはすることになる、なんて無茶苦茶な決めつけ聞いたことない。それに哉多だってここの人ってわけじゃないじゃん。カフェオープン期間も終わったし、そろそろ自分ちに帰るんでしょ?」 だから君こそもうここから出て行く頃合いですよ。と口に出して続けはしないが匂わせる。そう、この館の中の誰かと遠い将来にでもいつかはどうこうなれる、なんて全然考えてないし。 その上少なくともあんたはそもそも館の住人じゃない。どうせすぐいなくなるよその人じゃん。 と皮肉を言ったけど、もちろん奴にはどんな攻撃も通用しなかった。装甲が半端なく硬い。 「うん、だからこそさ。俺もこう毎日はここに泊まってられなくなるし。まだ本格的じゃないけど、そろそろ就職活動の準備も始まってるもん。そしたら今までみたいに頻繁にお前の顔、見に来られなくなるしさ」 「あー…。もうそんな時期かぁ」 そうか、哉多は大学三年だから。今は秋、確かにそろそろ就活始めないといけないんだ。知り合ったときはまだだいぶ先に余裕のある二年生だったのに。大学生活なんて、意外にあっという間なんだなぁ。 単純に月日の経つのは早いもんだ、としみじみしただけなのに。それをどう受け止めたか。というか多分、わたしが少しは寂しく思ってると都合よく解釈したらしく、奴はちょっといい気になった顔つきで台詞をさらに重ねる。 「大丈夫だよ、忙しくなっても合間にはちゃんとここに会いに来るって。こんな姥捨山みたいなとこにお前を放っとけないよ。だけど、来られる頻度は現実問題これまでよりは少なくなるだろうしさ。今のうちに俺たち、はっきり形にして距離を詰めといた方がよくない?そしたら離れてても。ちょっとは寂しくないだろ?」 「は。…何ででしょう」 どうしてだろ、どうやら普通の日本語なのに。こいつが今喋ったこと、内容がさっぱり頭に入ってこない。わたしは豆鉄砲食らった鳩の顔になってぽかんと首を捻った。 えーと、就活が始まるとこれまでほどは館に顔を出せなくなる、と。そこまでは全然いい。理屈もはっきりしてる。 で、わたしが寂しくなるだろうから(それほどでも)。今のうちにここでばっちりしとけば離れて会えなくても寂しさも紛れるだろうと?いや唐突。何でそうなる? 処女をさっさと捨てとけばそれ以上気にする必要もなくなって精神的に安定するだろって言いたいのかな。まあ多少はわからなくもない。 一回適当な相手と済ませとけばあとはもう一生しなくてもどうってことないもんね。そういうことが言いたいのかな。 それでも。何で相手がお前じゃなきゃいけないんだ?っていうのはまだ今ひとつ納得がいかないけど…。 哉多はまだベッドの上で身体を起こした姿勢のまま、むしろ疾しいところなんて何もないって正々堂々とした態度でわたしを真っ向から見つめた。 「どうせいつかは誰かとするんならさ。俺がお前にはちょうどいいと思うよ。たまたまこういう巡り合わせになったのもなんかの縁だと思う。俺としようよ、眞珂」 「…そんな口説き文句ある?」 わたしはすっかり毒気を抜かれてぼそぼそと呟いた。
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