第13章 頃合いは、今。なのか

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なんていうか、奴に悪気がないのは認める。おそらく頭の中で考えたことをそのままストレートに言葉にしてるってだけなんだ。俺たち偶然このタイミングで出くわしただけだけど、それなりに悪くない組み合わせだろ。ちょうどこうやってチャンスも巡ってきたし、これから俺忙しくなるから。まだ時間のある今のうちに済ませとこうよ。 まあ客観的に言ってそれくらいの熱量なんだよね、多分。それはわかる。だけどなぁ。 そんなくそ正直な口説き方で。んじゃ、ひとつやってみっか。って素直に説得される女の子、そんなにいるとは思えないけどな…。 こいつって普段のこの手の勝率どれくらいなんだろ。どうやらこの様子じゃ、それほど高いとは思えない。 それでもこの余裕綽々で無邪気に成功を信じてる曇りなき眼差しを見てると。全く成功率ゼロでもないんだろうなぁ。こんな申し出に絆される女が多少は存在してるとは。世界はやっぱり広いんだ。 それとも。わたしは遊びだから駄目元で雑に誘ってるけど、真剣な相手はまた別のアプローチなのか? わたしがそれ以上どう反応していいか、ぐるぐると頭を巡らせて黙り込んでしまったのをどう受け取ったのか。多分(本人の中での解釈では)こいつ、まだちょっと迷ってるみたいだけど。この感じならもう一押しでいけそうだと判断したんだろう。 全くやる気が削がれた風もなく、むしろさっきより自信満々に身を乗り出してきて熱を込めてかき口説いてきた。 「眞珂。先入観取っ払って冷静によく考えてみなよ。俺ってそんなに駄目?お前の基準だと全然受け付けない?めっちゃブスでもないと思うし。強烈頭悪くもないし普通に清潔だし感じもまあいい方だろ。お前は自称コミュ障だけど、俺といるときはちゃんと会話も途切れず弾むじゃん。一緒にいてもつまんない?結構、それなりに楽しい気持ちもあるだろ?」 そういう攻め方で来たか〜。 「それは。…まぁ」 無情にすげなく、いえそんなことはありません。あんたはまあまあブスだし話は通じないし、一緒にいても面倒くさいだけで全然楽しくなんかないよ。なんて否定するわけにいかない。 ていうかそう言っちゃったら嘘だ。正論でまともに追い詰められるとつくづくわかる。 こいつ、自分のことを認めさせるのに持ち出す説得材料が悉く身の丈すぎる。わたしは辟易しつつその冷静さに感嘆せずにはいられなかった。 確かに哉多は見た目は悪くない。人によるけど、好みのタイプによってはこいつがどストライクな女の子がいても別に変だとは思わない程度。とち狂ってとんちきなのは主に思考の筋道とか言動で、通ってる大学は多分日本人なら大抵の人は名前を知ってる有名校だ。 髪も服もきちんと本人に似合ってていつも小綺麗だし。いいお家で育った子なのは誰にも言われなくても見て取れる。確かに一般的に言えば優良物件なんだろう。何度かカフェに通ってきたこいつの友達連中の中にはどう見ても哉多を狙ってるんじゃ?って女の子もちらほらいたくらい。明るくて話しやすくて元気な楽しい子が好きなら別に全然ありだと思う。 こいつが小憎らしいのは、多分本人もしっかりそれを承知してるってこと。自惚れじゃなく世間での自分の偏差値的な立ち位置はよくわかってる。 だからその事実をアピールして、恋愛感情のあるなしとかそういう曖昧な方向に話を持っていかない。俺のこと好きじゃないの?ってさっきから一度も訊かなかった。そこでの勝負は最初から捨ててるっていうわかってる感じがほんと、小賢しい。 わたしがどうやらそろそろ説得されかけてる、と踏んだらしく。奴は畳みかけるようにもうひと押し、いかにも情理を説く風に訴えてきた。 「お前はどう思うかわかんないけどさ。俺はこれでもちゃんと、時間もかけたしそう急いでもいなかったと思うんだよ。俺たち出会ってもう一年以上経つだろ?お互いのことを知る期間としては充分だと思うし。お前だって何も知らない相手となんか嫌だと感じるかもだけどさ。俺となら気心も知れてるし。怖いとか得体が知れないとかいうことももうないじゃん?」 「あーそれは。…まあそうでしょうね…」 わたしは苦り切って反応に困り、とりあえず首を回してこきこき音を立てて鳴らした。 ひとつひとつの理屈自体は言いたいことわかるし。おかしくはないんだよな。確かに哉多なら普通にまともな相手だってことは理解できる。 身許だってしっかりしてるし、悪意はなくて普通に優しくて親切だし。無神経さで気に障ることがないとは言えないけど、あくまで意図したものじゃないし。わざとわたしを傷つけたり害したりはしないってことは信じられる。 …だんだん、こいつの言ってることにそれなりに整合性があって。わたしの方が頑なで柔軟性がないんじゃないかって錯覚に陥りそうな気がしてきた。いやしっかりしなきゃ。変な気の迷いが起こらないようにぶんぶんと首を振って自分に気合を入れる。 言ってることが個別に尤もかどうか、が大事なわけじゃないんだよな。それよりここは、こいつが機関銃みたいに事実を並べて何を目論んでるのか。その意図を見失わないようにしなきゃいけない。
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