第13章 頃合いは、今。なのか

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哉多はここでわたしと出くわして上手く部屋に引き込んだせっかくのチャンスをものにしたい。だから自分の安牌さとお買い得感をアピールして、あわよくば具体的行為に持ち込みたいわけだ。だけどわたしがそれを素直に受けなきゃならない謂れなんてない。 あまり無碍な断り方にはならないようそれでも多少は言い方に気をつけて、わたしは慎重に言葉を選びつつ奴に向けて切り出した。 「思うんだけど。そういうのはしなきゃいけないって事柄じゃなくて、本人がしたいかどうかでしょ。別にしたくなきゃ一生必要ないで終わっても誰にも迷惑かかんないと思うし。…哉多がどうこうじゃなくて。わたしは今そういうの誰かとしたいって気になれない。だから無理って、それだけの話。相手があんたでも誰でも今は断るしかないや」 「ふぅん。あいつでも?」 いきなりの無神経な突っ込みにかっとなる。 さすがに誰のことを当てこすってるのか気づかない振りもできない。だけどまさか、そんなところを突いてくるとは思わなかった。 あの人に限ってそんな成り行き、あるわけないじゃん。百歩譲って彼に普通の男の人の欲求があったとしても(内心それすら怪しい、と密かに考えてるわたし)。 それをわたしなんかに振り向ける可能性、限りなくゼロに近いですから。と反論するために口を開くより早く向こうにわたしの考えてることをそっくりそのまま返された。 「思うんだけど。館にいる男がいつか将来的にお前の対象になる可能性について考えるなら、まずあいつだけは外して考えないと駄目だよ。あれは絶対無理、眞珂には。冗談抜きで万に一つもあり得ないから。ゼロだよ」 「…それは。ちゃんとわかってる。わたしだって」 こっちから否定するより先にその仮ルートを真っ先に潰された。むっとして不機嫌に言い返すと、奴はどこか分別くさい顔つきでしかつめらしく首を振り、わたしの反駁に駄目出しした。 「いや、お前はまだ今ひとつわかってないと思う。何となく目をかけられて周りよりちょっと贔屓されて、いい気分で舞い上がってるんだろうけどさ。そもそも向こうにとっちゃ眞珂は自分と同じ人間の女の子じゃなくて、館に迷い込んできて保護された仔猫だから。ペットと一緒だよ。優しいのは弱くて守らなきゃいけない生き物だと見てるからなんだよ絶対。そこは間違えない方がいいと思うよ」 何でそのこと知ってるんだよ。 と思わず口から出そうになり慌てて自制する。 落ち着け、多分偶然だ。初めて庭園に潜り込んだのを見つかった夜、彼がわたしのことを野良猫と見間違えたなんて。 別に柘彦さんが打ち明けるのを聞いてなくてもこのくらいのことは思いつくのかも。わたしを保護した猫みたいに思って大事にしてくれてるって。 傍から他人が客観的に見ても、そういう風に見えてるのかも。わたしのことを弱くて守らなきゃならないものと見てここに置いてくれてるんだって思ったら。 今なら普通にノマドのことを思い浮かべて重ねるし。そしたら猫みたいに受け入れてるって発想するのは自然な成り行きだ。何かを特別に知ってるから出てきた言葉じゃない。 …そうだ、ノマド。 わたしはようやくそこで我に返った。あまりに想定外の突拍子もない申し出に面食らって、自分が何を探してここまで来たか半分忘れかけてたじゃないか。 柘彦さんだって今頃心配してわたしの報告を待ってる。いやもしかしたら行き違いで、もうノマドは彼のところに到着してるかも。どのみち一回彼のところに戻って、あの子が来てないか確認しなきゃ。 ここで今さら柘彦さんがわたしのことを女の子として見てないって言われたくらいでショックを受けてる暇はない。 だってそんなのだいぶ前から知ってる。あの人に何かを期待したことなんて誓ってないし。そのことは自分が一番よく知ってる。他人から指摘されて落ち込むような話じゃないよ。 わたしは真っ黒な曇りなき眼で見上げてくる哉多を上から見下ろし、自信を持ってきっぱりと言い渡した。 「わたしがノマドを大事に思ってるくらい気持ちをかけてくれてるんなら全然ありがたいし、猫と同一視されるの嫌だなんて別に思わない。あの人に恋愛対象として見られる可能性があるなんて、ここで今あんたに当てこすられるまで頭に浮かんだこともなかったよ。だから心配はご無用。…ノマド探さないと。休んでるとこお邪魔したね。失礼」 くるっと踵を返すと、念を押すように背中に声をかけられた。 「わかってるんなら別にいいけどさ。あんな雲の上にいる別世界のやつの隣におさまれるかも、なんてあり得ない夢見るなよ。お前とは住んでる世界が違うんだから。ひと回りも歳下だし、あいつに差し出せるものもなんもないし充分に支えてやれるほどの人生経験もないただのちっぽけな子どもなんだから。お前には分不相応な相手だよ。俺くらいがちょうどいいってこと、眞珂には。…忘れんなよ」 もういい。そんなに念入れて死体蹴りする必要なんか。 誰よりもわたしが心の底から承知してることばっかりだ。
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