第13章 頃合いは、今。なのか

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「やっぱり、この子のご主人は間違いなくあなたなんだと思います。それはそれとして僕のことは構ってやらないといけない相手と感じてるんじゃないかな。この子は優しいから。…夜に一人にしては可哀想だ、と思ってわざわざ通ってくれてるくらいの気持ちなんでしょう。猫なりの人間に対する気遣いなんですよ、きっと」 …そう言われると否定できない。それに、いつも一人で夜を過ごす彼のそばに常に猫がいてくれる、って考えれば。 本人が受け入れてくれてる限りだが、こちらもその方が心が慰められる気はしないでもない。わたしは陥落し、彼に向かって改めて頭を下げた。 「…そういうことでしたら。もし柘彦さんがご迷惑じゃなければこれからもこの子を。どうかよろしくお願いします…」 それで正式に、ノマドは夜だけ彼のところで寝る猫ってことになった。 そうなると自分のこれまでの行動を鑑みて、ちょっと改めて今後どうするか迷う。夜にノマドが戻って来ないからといって、いちいちわたしが彼のところへ探しに行くのはもう止めた方がいいのかな。 これまでほぼ毎晩のように、夜にわたしの部屋に戻らない彼女を探して柘彦さんの許を訪れてはコーヒーを招ばれることになっていたので。いくら何でもずっとそれじゃ彼も面倒だろう、と気にはなっていた。 だけどこれで、以後は夜にはノマドは彼のところで過ごしてるとお互い了解してることになったから。逆にあの子がいつまで経っても来ないときは向こうから連絡してくれるに違いない。どっちにいるにしても、居場所がはっきりわかっていればいい。双方ともが先方にいるだろうって思い込んで探さない、ってことさえなければいいんだから。 夜に向こうにいるのが当たり前になったら、わたしがいちいち部屋を訪問してまで猫の居場所を確認する必要はなくなる。それ以上にまず、できる限り彼の静かな生活を乱すのは避けないとって考えた。 だけどしばらくあとに彼と顔を合わせたら、あまりに君がこっちに顔を出さなくなるのも寂しい。と思ってもみない不服をこぼされてちょっと面食らう羽目に。 「毎日とはこちらも言えないですが。ときどきは今まで通り、この子と一緒にコーヒーでも飲みに来てください。全くそれがなくなるのも…。あなたと飲むコーヒーは。やっぱり味が違うから」 そういえばそんなこと。ずいぶん前からそれはずっと言われてたんでした…。 それで、サイレントでノマドがいつの間にか彼のところへ移動したときはともかく。わたしの部屋から直に、かりかりドアを引っかいてそちらへ向かうときに限っては彼のところまで一緒に付き添ってノマドを送り届けることにした。これなら週にニ、三日と間隔もほど良いし。お互い負担なく自然に行き来できる気がする。 そうやって初めのうちはちょうどいい塩梅を測りかねつつ。試行錯誤を重ねるうちに次第にノマドを介してのわたしたちの関係も安定した形におさまるようになっていった。 一方で、あのあと微妙に頭の端に引っかかってた哉多との関係の方だが。あんなぶっちゃけたやり取りがあったというのに、意外にもその後もわたしたちの間の空気はそれほど大きく変化はしなかった。 結構はっきり断っちゃったし。相手を否定するような言葉は使わなかったつもりだけど、哉多がそれをどう受け止めたかはわからない。あんなに何に対しても堪えた様子を見せないやつだけど、まだわたしはあいつについて何もかもを知ってるわけじゃない。意外にこういう部分に地雷があって、すごくプライドを傷つけられてたりして。 そんな心配はまるで杞憂だった。翌日の朝、朝食のときにキッチンで顔を合わせたときも、またなるべく早く来るよ!連絡するからね〜、と言ってぶんぶん手を振ってからお父さんから借りた車に乗って館から立ち去っていったときも。わたしたちの間に何か気まずいことが起きたあと、って気配はもうどこにも残っていなかった。 確かに多少忙しくなったのか、去年の今の時期より訪れてくる間隔は微妙に間遠になった。だけどそれなりにフォローしようって気はあるのか、時折思い出したように怒涛の勢いで次々LINEを送ってくる。 内容は正直大したことなくて、その日あったことを断片的に報告してきたりとか(あんまり断片的過ぎて何が言いたいんだ?と首を捻ることもしばしば)。今日行った店のパスタが美味しかったから今度連れてってやるとか牛柄ののま猫は元気かとか、他愛ないこと。どうでもいいけど白地に黒ぶちだからって、たまに突発的にノマドのことをホル猫って書くのはやめてほしい。ホルスタインから来てるってしばらくわからなかった。 ほんとに気分と思いつきで動いてるらしく、音沙汰ないときはほんとにしばらく来ない。だけどとにかく全然わたしに断られたことを気にしてる様子はないし、関係を絶とうって感じでもない。その反面、あんなことを申し出てきたくせに特別それ以上男女の仲になりたいと匂わせるでもないし。甘い言葉を使ったり口説いてきたりも全くなかった。 これは、あれだな。わたしはまっさらな友達同士の暇つぶしの雑談みたいなLINEの文面に視線を走らせ、軽く肩をすくめてアプリを切ってからスマホをテーブルの上にかたりと音を立てて置き、それ以上深く考えるのはやめた。
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