第13章 頃合いは、今。なのか

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「そんなんしないよ、大学で。俺だってちゃんと常識あるし。お前が心配するには及ばないよ」 じゃあ何でここではするんだよ…。 やっぱりわたしはこいつの周りのちゃんとした友達に較べると一段舐められてるんだろうな。と両手で髪を直しながら憮然と考える。それとここでは人口密度が低すぎて人目が切れるからだ、多分。前のベッドへ誘われたときもだけど。 あとは大学じゃ他の友達に見咎められたらえらいことになるから一応自重してるのかも。それとも同じ学生の身分の女の子たちと、身寄りもないわたしじゃ尊重され具合が違うのかな。そういう裏表はないやつだって信頼はなくもなかったんだけどな。 だけど、茅乃さんは身内とはいえこいつの方をわたしより贔屓目にしてるわけじゃない。思わず取り落としてしまった熊手を拾い上げ、わたしは厳然と哉多に向けて言い渡した。 「庭で一人で作業してたらあんたがいきなりくっついてきたって茅乃さんに言うよ。そういうのあの人嫌がるって知ってるじゃん。お屋敷に出禁になるんだから、そしたら」 「お前やっぱガキだな。先生に言うよ、ってか」 鼻で笑われてむっとなる。だって。わたしがやめてって言っても絶対あんた、無視するじゃん。先生頼みになるにはそうなるだけの理由ってもんがあるんだよ。 わたしが機嫌を損ねたのは即察したらしく、背中を向けて掃除の続きを始めたわたしの肩に背後から胸をくっつけて甘えてきた。何なのこの男。 「怒るなってば。久しぶりだし、会えて嬉しかったんだよ。それにお前こんなとこで独りぼっちで掃除なんかしてて。見るからに寒そうだったからさ。早くあっためてやんなきゃ、って思っただけじゃん。…ちょっと、このホル子。何とかしてくんない、眞珂?」 見れば奴のお洒落な靴に白黒のすんなりした若猫さまががりがり、と容赦なく爪を立てている。わたしは素知らぬ振りで平然と、困っている奴をあしらった。 「変な呼び方やめてって言ってるでしょ。黒白ってだけで言うほど牛柄でもないじゃん。多分、いい爪研ぎだなぁって思ってるだけだよ。嫌ならそこから足退ければいいと思う。ちょっと離れればきっと止めてくれるよ、その子」 おそらくわたしを襲う敵から身を守ってくれようとしてるだけなので。 奴は渋々と身体を引き剥がし、屈んでしげしげと自分の靴を検めた。案の定ノマドは何事もなかったように澄まして自分の毛繕いを始めている。 「ひっどいなぁ、買ったばっかなのに。お前の猫、躾悪いぞ。どうせやきもち妬いてるんだろうけどさ。…猫は男の代わりにはならないんだから、諦めなよ。それはそれ、これはこれだよ。なぁのま猫」 「また変なこと言って。猫相手に」 わたしはうんざりして奴に構わず熊手を動かし始めた。何が男だ。あんたなんか別に異性ってほどでもないんだけど、わたしにとっては。 奴はわたしの肩越しに腕を伸ばして熊手を奪い取り、代わりに掃除を始めた。一応手伝いに来てくれたってつもりではあるんだろうな。悪い奴ではないんだけど。 「猫に言ってんじゃないよ、お前に言ってるから。どう、その後?あのことよく考えてくれた?もうそろそろクリスマスだしさ。寒さも増して人肌恋しい季節じゃん。俺さ、今日泊まってくから。夜になったら部屋に来ない?眞珂」 まだ言ってる。わたしは肩をすぼめて奴が集めてる枯葉や枝をちり取りでごみ袋に入れた。 「学校で女の子に振られたの?そういうときばっかり寄りつくんだから。気が向いたときだけ声かけられてもね。哉多が思ってるほど都合のいい女ってわけでもないんで」 「違うよ、そうじゃない。断られたからちゃんと間あけようと思ったんだ。改めて考える時間必要だろうなって。こないだはいきなりだったし。急がせても悪いなと思ってさ」 作業してる手が一瞬止まりそうになった。ちょっと動揺したことを悟られないように、ごみの山に視線を向けたまま顔を俯けてぼそぼそと反駁する。 「…間隔あけても返事変わんないよ。何で気が変わると思ったの?数ヶ月で何か状況が変わったわけでもないじゃん」 「そうかな。そうでもないかもよ」 その声に意味ありげな気配を感じて、わたしは思わず顔を上げて奴を見返した。 「…何が。どういう意味で?」 「いや別に。…その後どう?相変わらず、あいつとは。仲良くやってる?」 どうしてもこいつの口から出ると。変な当てこすりに聞こえるんだよなぁ…。 「普通だよ。特になんも変わらない。この子がすっかり懐いてあの人の部屋で寝てるから。それでやり取りすることは増えたけど」 「お、こいつ夜は不在なの?やった、そしたら邪魔されることもなく思う存分できるじゃん。チャンスだよ眞珂」 「何をよ」 急に目に見えて活き活きするな。ほんとにやりたいんだなぁ、こいつ。二十歳過ぎの大学生の男の子なんてみんなこんなものなのかな。ちょっとうんざり。 奴は落ち葉を集め終えてから一緒になってごみを集めたのち、袋をわたしから取り上げてきゅ、と口を縛った。 「そんなのわかってるだろ。大人への階段だよいわゆる。年明けてしばらくしたらいよいよ二十歳じゃん、お前も。もう誰に憚ることもなくできる年齢だよ。結婚だって、親の承諾必要なくなるし」 「あ。そうだね」
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