第13章 頃合いは、今。なのか

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第13章 頃合いは、今。なのか

ようやく頭が働くようになって最初に思い浮かんだのは。こいつ、ちゃんと性欲あったんだな。って場違いな感嘆だった。 哉多は客観的に言って普通に男の子の外見してるし、女子っぽいところは微塵もない。だけどだからといってわたしから見て異性感あるかというと、うーん。 小柄で顔立ちもほわんとのどかな感じ、そりゃわたしより背は高いけど女の人も含めて大抵の人はわたしよか高身長だし。それでこいつ男だな、って実感には繋がらない。 喋り方も呑気で無邪気な子どもみたいだし。だからえーと、何が言いたいかというと。哉多と相当の時間一緒に行動したけど、その中でどきんとしたり特別に意識したりってことはほとんどなかった。何というか、男女って範疇じゃないただ普通の友達って感じ。 当然向こうもそうだと思い込んでたけど。なるほどね、身体の機能としてはお互いそうなる可能性はあるわけだから。そうすると普段の関係性は置いても発情に発展するルートはちゃんとあるんだ。男って相手構わずでつくづく節操ないんだな、と変なところで感心した。 チャンスがあるんなら対象がわたしでも行くとか阿呆かよ。と思いつつ、肩をすくめてざっと部屋の中を見回して間違いなくここにノマドが潜んでないことを確かめた。うちの子がいないならここにこれ以上滞在しても意味がない。適当にあしらってさっさと退散するに限る。 のどかとしか見えない表情を浮かべて急かすようにぱんぱん、と自分の傍のベッドの表面を叩き続けてる哉多の方に改めて向き直る。もうここに用はない。だけどまあ、もしかしたらさっきの台詞については何かわたしが思い違いしてる可能性がないとは言えない。 常識で考えて、部屋に呼び込むなりいきなり俺たち頃合いだから今からあれしようよ。とか切り出す人間がそうそういるとは思えない。万が一、わたしが何でもないことをすごく変に受け止めたんだとしたら後で思い返すと恥ずかしいから。 何かしょうもない冗談でも言われたみたいに向こうの意図には気づかない体で適当にスルーして出て行こう、と決めた。 「頃合い。の意味がとにかくよくわかんないですけど」 平然とした表情を装い、じりじりと部屋の出口の方へ後退しつつ軽く混ぜっ返してその場の雰囲気を軽くしようと目論む。その割に調子が狂ってつい、普段は使わない丁寧語になるのがちぐはぐだが。 「いいだろって言われても、よくはないよ。ノマド探してる途中なんだし。てっきりここにいるって話かと思っちゃったから」 そうだよね? わたしはちゃんと猫探してるって最初に言ったもん。そこを曖昧にしてここに来い、って誘い込んだのはそっちだし。勘違いしたとしても別にわたしのせいじゃないと思う。 と軽く責めるような口調になったけど、奴は全然へこたれない。こいつを凹ませるには何か特殊な技術が必要なんだと思う。相変わらず、わたしなんかの手には余る。 「のま猫は大丈夫だって。お前がちょっとの間ここで休んでても向こうは気にしないと思うよ。終わったらちゃんと探すの手伝ってやるって言ったろ。それで見つけたら猫連れて一緒にまたここに戻ってさ。今夜はみんなでこの部屋で寝るといいよ」 「何でよ。意味わかんない」 わたしは相手にしない、と誇示するべくやや大袈裟に肩をすくめた。 「寝るときくらい自分の部屋で落ち着いて寝たいよ。とにかく今日は付き合う気ないから。添い寝とか、哉多ならいくらでも付き合ってくれる子いるでしょ。そういうのは他の子とすれば」 「眞珂。お前って、やっぱ処女?」 ぴき、とこめかみにひびが入った音がした。ここで大暴投、仰け反りそうなくらいのビーンボールいきなり投げてくるとは。さすが、脈絡読まないことには定評のある男。 「普通に極めてプライベートな事象なので答える必然性なしと見做します。てか、そういうの軽々しく他人に訊かない方がいいと思うよ。友達減るよ、哉多」 多分わたしが言い返す言葉はノイズキャンセリング機能で自動的に取り除かれてる。としか考えられない。奴はわたしが反駁しなかったみたいにナチュラルに言葉を継いだ。 「まあそうだろうな、とは思ったけど。お前いくつになったっけ、今年で。誕生日過ぎた?」 「五月で。…十九、だけど」 うっかり素直に答えてしまいほぞを噛む。あんまり自然な態度で話しかけられ続けると、人はいつまでも無視を続けるのが難しくてつい答えてしまう。そういう生き物なんだ。 奴は邪気の感じられない明るい表情で楽しそうに笑った。 「じゃあ来年は二十歳だ。あのさ、眞珂くらいの歳で。全然経験ない女の子の方がどう考えても少数派だよ。言っただろ頃合いって。そういうことだよ。少しは現実に向き合って真剣に考えた方がいいよ、そろそろ」 「何それ。いい歳して経験がないと欠陥品だって言いたいの?」 挑発に乗ってはいけない。下らないことを言われて同じ地平に立ったら負けフラグだ。 それがわかってるのにどこかむっとする感情が抑えきれないのは、ほんのちょっとはわたしもそこを気にしてるってことなんだろう。あまり嬉しくない発見だけど。
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