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莉々子
終わった途端に安堵するような恋なんて、二度とするもんじゃない。
莉々子は窓辺に置かれていた赤い薔薇を手に、じっとベッドに座り込んだまま動けずにいた。
本気で消えるときは無言で。
そんな恋をしていた。
この薔薇は、手紙の代わりだろう。あの不実な女が最後に残した。
あの女が消えたことに心から安堵しているはずなのに、なぜだか体が動かない。
不実。
あの女を表すのに最適な言葉だ。
いつも、浮気ばかりされていた。
それともそれとて莉々子の思い上がりで、本当のところは莉々子も浮気相手の一人でしかなく、どこかに本命の女だか男だかがいたのかもしれない。
「よかったじゃない。」
口に出して言ってみる。
「これでもうあの女に振り回されないですむ。」
心からの言葉のつもりだった。それなのに唇は空滑りした。
握りしめた薔薇はきれいに棘を抜かれていて、莉々子の手のひらを傷つけはしない。
あの女らしくないと思う。
もっと棘しかないような置き土産を置いていくのが似合いの女。
いつも気まぐれに消えてはまた現れる女だったけれど、こんな置き土産を残されたのは初めてだった。
ベッドから起き上がれないまま、深く息を吸う。
その呼気をこのまま吐き出したら、溜息になると気がついてしまい、呼吸を止める。
いきがくるしい。
いなくなってまでも、どこまでもはた迷惑な女。
唇を尖らせて、呼気を全部口笛にして出す。
ぴゅーっと、心細いような音が鳴った。
あの女はよく口笛を吹いていた。
そんなことを思い出して、自分の脳みそが嫌になる。
すべての思考があの女に繋がっているようで。
あの女と過ごしたのはたった一年。それのあの女は時々消えては思い出したように戻っていたので、正味は多分半年くらい。
それなのに思考があの女に占拠されているようで。
思い出すまい、思い出すまい、と思えば思うほど、記憶は勝手にあの女との出会いをなぞってしまう。
一年前、大学入学のために上京した莉々子は、生まれてはじめてレズバーなどという場所に足を踏み入れた。
その店のカウンターで、隣りに座ったのが映子だった。
『お一人ですか?』
映子は屈託なく莉々子に声をかけてきた。
がちがちに緊張した莉々子は、かろうじて浅く一度頷いた。
レズバーどころか、普通のバーすらないような地元で想像していたのとはまるで違う、カウンターが8席だけのごく狭い店だった。
薄暗い店内で、映子の白い顔はぼんやりと発光しているように見えた
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