映子

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映子

「ただいま。」 そう言って、彼女の部屋に入る。彼女はこちらを振り向くこともなく、ドレッサーに向かって長い髪にブラシをかけていた。 「おかえりなさい。」 返ってくるのは静かな声。ちっとも動揺した様子なんかはない。 レズバーで引っ掛けた女の家に何日間か転がり込んだ。けれどそんなことは、彼女の美しい微笑にわずかばかりの傷をつけることもできない。 私が愛した人は、私のことをちっとも愛していない。 その事実だけで、私は死んでもいいはずだった。 どこに行っていたの、と、お義理にでも聞いてくれればいいのに。 そう考えたところで、私は昨日までの数日間一緒に暮らしていた女の顔を思い出せないことに気がつく。 リコだかリリコなんて名前だった気はするけれど、髪が長かったか短かったか、色が白かったか黒かったか、そんなレベルでもう容姿なんかは思い出せない。 髪を梳かし終わった彼女がするりと立ち上がり、寝室へ向かっていくので、私は慌ててその背中を追う。 「一緒に寝よう。」 我ながら嫌になるほど必死の声が出た。 彼女は女神様みたいに微笑み、私に背を向けて寝室へ入る。 白いシーツ。彼女の隣にもぐりこみ、ぴったりと身を寄せる。 拒絶はされない。けれど、受け入れられているわけでもない。 このひとと最後にセックスしたのはいつだっただろうか。 そう考えると喉が焼けそうだった。 セックスがしたいわけではない。ただ、肌に触れて、受け入れられているという実感を持ちたい。 私がどこにいつ消えても構ってはくれないひと。 気にしてほしいと思う。捜してほしい。求めてほしい。 けれど彼女を愛している限り、そのどれも私には与えられない。 「ねぇ。もし私がいなくなったら、一緒に消えてくれる?」 囁くように問うた声。 返事はない。分かってる。だって、聞こえるのは規則正しい彼女の寝息だけだ。 彼女が眠っていることを確認してからでなければ、私はこんな問いかけをすることすらできない。 惨めだと思う。他の誰かを愛せればいいと思う。けれど、私が愛したのはどうしようもなくこの人なのだ。 右手を伸ばして、彼女の左手首にそっと触れる。 私の左手首にも巻きついている、華奢なパールのブレスレット。 それを確かめるように指で何度もなぞっている内に、私は眠りこんでしまった。
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