亜美

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はじめて彼女と会ったとき、私には男の恋人がいた。だから彼女のことは、ただの取引先の相手としか思っていなかった。 もともと私にレズビアンの気があったのかと訊かれると、そんなことはないと思う。少なくとも彼女と知り合うまで、私は女に恋をしたことはなかった。女の身体に欲情したことだってなかったし、女を思って胸が切なくなることだってなかった。 ぼんやりとそんなことを思いながら、混み合った最終電車に乗り込み、つり革をかろうじて掴んだ。 電車が進むたび、彼女との距離も開いていく。 そう思うと絶望的に寂しかった。 心の距離が離れていることくらい自覚している。だったらせめて身体だけでも、と完全に都合のいい女のものの考え方をしてしまう。 彼女に会う前の私だったら、軽蔑していたような思考回路だ。 ただの取引先の相手だった彼女を食事に誘ったのは、私の方からだった。 ちょうど部署の異動があり、私は彼女との接点をなくしかけていたのだ。 その頃はまだ、ただの憧れだと思っていた。完璧なスタイルと美貌を持つ彼女への、単純な憧れ。 それが、食事の回数を重ねていくうちに、もしかしたら、と思うようになった。 もしかしたら、好きなのかも知れない。 もしかしたら、恋なのかも知れない。 そんなとき、彼女にホテルに誘われたのだ。当たり前みたいな口調で、今日はホテルで飲まない? と。 結局、ホテルでは一滴も酒は飲まなかった。 私は全裸で部屋の中央に立たされ、彼女は着衣にままそれをベッドに座って眺めていた。 なにがどうなってそうなったのか、今ではもう覚えてはいない。というか、そのときだって理解できていなかったと思う。 脱いで、と言われたのかも知れない。いつもの淡々とした口調で。それか、脱ぎなさい、と命令されたのかも知れない。セックスのときだけ見せるあの冷たさで。脱いで、と頼まれたわけでは絶対にない。美しい彼女は女神様で、その女神様が私みたいなただの人間に頼みごとなんてするはずがないから。 そして、彼女の白く完璧な形をした指が、早く私の肌に触れることを願いながら聞かされた台詞が、『一緒に暮らしている子がいるの。』だ。 そんなことどうだっていいから抱いて、以外、なんと言えばよかったのだろうか。今でも思いつかない。 窓硝子に浮かぶ自分の顔に、彼女の美しい無表情を重ね、思う。 どうしようもなく、私は恋をしている。
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