莉々子

1/2
4人が本棚に入れています
本棚に追加
/14ページ

莉々子

終わった途端に安堵するような恋なんて、二度とするもんじゃない。 莉々子は窓辺に置かれていた赤い薔薇を手に、じっとベッドに座り込んだまま動けずにいた。 本気で消えるときは無言で。 そんな恋をしていた。 この薔薇は、手紙の代わりだろう。あの不実な女が最後に残した。 あの女が消えたことに心から安堵しているはずなのに、なぜだか体が動かない。 不実。 あの女を表すのに最適な言葉だ。 いつも、浮気ばかりされていた。 それともそれとて莉々子の思い上がりで、本当のところは莉々子も浮気相手の一人でしかなく、どこかに本命の女だか男だかがいたのかもしれない。 「よかったじゃない。」 口に出して言ってみる。 「これでもうあの女に振り回されないですむ。」 心からの言葉のつもりだった。それなのに唇は空滑りした。 握りしめた薔薇はきれいに棘を抜かれていて、莉々子の手のひらを傷つけはしない。 あの女らしくないと思う。 もっと棘しかないような置き土産を置いていくのが似合いの女。 いつも気まぐれに消えてはまた現れる女だったけれど、こんな置き土産を残されたのは初めてだった。 ベッドから起き上がれないまま、深く息を吸う。 その呼気をこのまま吐き出したら、溜息になると気がついてしまい、呼吸を止める。 いきがくるしい。 いなくなってまでも、どこまでもはた迷惑な女。 唇を尖らせて、呼気を全部口笛にして出す。 ぴゅーっと、心細いような音が鳴った。 あの女はよく口笛を吹いていた。 そんなことを思い出して、自分の脳みそが嫌になる。 すべての思考があの女に繋がっているようで。 あの女と過ごしたのはたった一年。それのあの女は時々消えては思い出したように戻っていたので、正味は多分半年くらい。 それなのに思考があの女に占拠されているようで。 思い出すまい、思い出すまい、と思えば思うほど、記憶は勝手にあの女との出会いをなぞってしまう。 一年前、大学入学のために上京した莉々子は、生まれてはじめてレズバーなどという場所に足を踏み入れた。 その店のカウンターで、隣りに座ったのが映子だった。 『お一人ですか?』 映子は屈託なく莉々子に声をかけてきた。 がちがちに緊張した莉々子は、かろうじて浅く一度頷いた。 レズバーどころか、普通のバーすらないような地元で想像していたのとはまるで違う、カウンターが8席だけのごく狭い店だった。 薄暗い店内で、映子の白い顔はぼんやりと発光しているように見えた
/14ページ

最初のコメントを投稿しよう!