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まさか…
「おはよう!」
ゴミ集荷場で文子さんが挨拶してきた。
「今から仕事?」
「そう。ご主人今日は休み?」
「ずっと休みよ。家の中にいるだけで、うっとうしいわ。掃除機で吸い上げたいわよ」
「ははは やーね。女やギャンブルに走らなくて、まだいいんじゃない?…あら、もうこんな時間。仕事いくね」
(綺麗でイキイキしてる…仕事してるからかしら。まさか好きな人でも、できてたりして…。)
二階の文子さんとは、旦那さんの職場が同じで親しくしていた。去年、夫を癌で亡くして、しばらくは塞ぎ込んでいたが、すっかり元気になって、最近は、牧子も気を使わず亭主の愚痴などこぼしていた。
そんな時に、目鼻立ちのハッキリした20代の女性が隣の302号室に引っ越してきた。
今時の若い人には珍しく、几帳面に挨拶にきた。なんでも教員の臨時職員とかで、長い髪は1つに束ね、清潔感のあるきちんとしたイメージがあった。
牧子の旦那は、いきなりソワソワしだした。男は美人は好きなのだ。男の本能らしい。出社時間になると、わざとらしく一階の集合ポスト前で挨拶をしたりしている。
(こんな朝に郵便なんかないでしょ!新聞だって取ってないんだし)
牧子は夫が気になり出した。
帰宅時間頃になると直ぐに部屋から飛び出し、挨拶する始末。
そんなことが毎日のように続くと、やがて牧子と夫の会話も途絶えてきた。
なんだか一緒にいると息苦しささえ感じていた。
「ちょっと出かけてくるよ。昼はいらないから。行ってくるよ。」
「はい…」
どしゃ降りの雨の日に、どこへ行くとも言わない克哉だ。
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