若紫

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落合先生は制服姿の私を見て、嘘をつくなという目を聡司に向けている。 私は言い訳でも聡司が、デート中だと言ってくれたのが嬉しかった。 「彼女は母の知人のお嬢さんなんです。 それにこちらとしては、デートを邪魔されて不愉快ですね。」 そういうと聡司の戻れと言わんばかりの態度に、落合先生は謝罪をして汗をかきながら去っていく。私は心配になり、彼を見上げた。 聡司は傍で微笑んで、 「ご心配には及びません。 落合先生は父の後輩で、しつこく自分の娘を私に紹介したいと言ってきて。 正直、困っていました。 それに母の知人のお嬢さんと分かれば、私に娘を紹介したいとは言えない筈です。 母が落合先生の娘さんを気に入っていれば、 今日のように無理矢理にでも見合いをさせただろうし。」 そう言われて、ホッとした。 彼の仕事に支障が出ては、本当に申し訳ないから。彼は私に向かって優しく語りかける。 「面影は 身をも離れず 山桜       心の限り とめて来しかど 今の私の気持ちに似ています。」 「城戸さん…」 私は顔が熱くなるのを感じた。 若紫を見かけた光源氏が、一目惚れをして忘れられないと詠った和歌。 「(ゆかり)さん、聡司と呼んで下さい。 光源氏が藤壺の面影を追っていたような気持ちはありませんが、若紫を見て一目惚れした気持ちは今の私と似ています。」 聡司は側で片膝をつき、私の手を聡司の綺麗な手が、包み込むように握ってきた。 「あなたを初めて見た時から、恋に落ちました。 あなたの話し方や仕草の全てが愛おしい。 あなたは慎ましく控えめで、何より愛らしい。 私の様な年上の男に言われても、信じられないと思います。 どうか私を信じてくれないだろうか。」
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