一年目 ~移民の歌~

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 木にしがみついている厄介者はツクツクホーシだけではないということか。  いつ来るかも分からない、というかそもそも来るのかどうかも分からない獲物を待つため、じーっと木にしがみついている。  それは・・・・・・、疲れるだろうに。  そうやってずっと待ち伏せ、念願の獲物が来たら光悦の表情を浮かべながら木から落ちてくるのだろうか。  ぽとん。  「じゃあ、いつも上に気を付けておかないとダメですね」  そうだ、と賀真田さんは更に力強く頷いた。  「そう。そうなんだよ。盗賊どもは、いつも、木に・・・。しがみついて、いるからね」  「じゃあ突っついちゃおうかあ」  小山さんが呑気な声を出すと、賀真田さんが「いかん!」と叫んだ。  「そんなことをすればだ、あとふじた君。そこらじゅうの木から、怒った盗賊が、落ちて。くるのだよ」  ぽとん、ぽとん、ぽとん。  夜道には気を付けよう。  竹村医院にいる間に雨が降っていたらしく、空には虹がかかっていた。  「清君、虹が出ているよ」  「ほんとだ。なんだか幸先いいですね。なんだかすぐに見つかるような気がしてきましたよ」  「幸先は良くなかったけどねえ、でもこの後はいいような気がするよねえ。いい虹だもの。この場合、幸後いいっていうのかなあ」  「幸後いいですね」  「幸後いいよねえ」  ふとスマホを見ると、マキさんからラインメッセージが入っていた。画面には「タマちゃん見つかった?手伝えなくてごめんね」と書かれており、色んな角度から撮られたタマちゃんの写真が添えられている。  マキさんも本当はタマちゃんが心配で仕方ないのだけれど、やっぱり責任ある社会人だし、オーナーから美容室を任されている身だ。自分の感情だけで動けるわけではない。その点大学生の僕や自由業の小山さんは動きやすい。  情報屋で何も仕入れることができなかった僕らは、とりあえずタマちゃんの散歩コースを辿ってみることにした。  毎日の散歩コースは知ってはいるが、実はやたらと長い。ゆきちゃんは小学生だけど体育会系なのか、僕らの足でも一時間以上かかるコースだ。たまにご一緒するだけならお付き合いできるが、毎日歩くとなるときつい。  「ところで、モニカってペット飼ってよかったんでしたっけ?」  「大型犬とかはダメだけど、小型犬や猫とかなら大丈夫だよお。あとは吉川さんのさじ加減だねえ。ゆきちゃんはいい子だし」  「結構適当なんですね」  「まあねえ。でも臨機応変って言ったら、聞こえはいいよねえ。日本語って便利だよねえ。政治家には住みやすい国だよねえ」  しばらく歩いているが、平日の午前中だからかすれちがう人はほとんどいない。学生かスーツをきたサラリーマンと時折擦れ違うくらいだ。秋の足音が聞こえることも影響してか、どこか静かな街並みを、小山さんとふたりでのんびり歩いていた。  「ここらへんじゃないかなあ」  「タマちゃんですか?」  小山さんは立ち止まって上を向いている。周囲の家から飛び出した枝が地面に木漏れ日の影を作り、とても爽やかな風景だ。穏やかな風が影を静かに揺らしている。  「賀真田さんが言っていた盗賊が出没する場所だよお」  「そういえば」  「でもあれ、なんて言う強盗なんだろうねえ。ほら、銀行強盗とか押し込み強盗とか、一口に強盗って言っても、色々あるじゃない?あ、盗賊か」  「分類的には辻強盗じゃないですかね。待ち伏せしている訳ですし」  「でもそれじゃあ、木にしがみついている特殊性が説明できないと思うんだなあ。確かに待ち伏せなんだけどさあ、この場合は木から落ちてくるってところがミソなのであってね、待ち伏せは二次的要素というか」  「うーん」  僕は唸りながら周囲の木々を見渡した。何軒からの家から枝が出ているが、木の種類は大体同じらしい。僕は木に詳しくないから一体なんという木なのかは知らないけれど、木の表面はつるつるしていてしがみつくには相当な体力と腕力が必要だろう。何か道具を使ってしがみつくのかもしれないが、僕としては是非とも腕力だけで頑張ってほしい。  「ヤシの実強盗ですかね」  「いいねえ、ヤシの実盗賊団。雰囲気出てるねえ」  当たり前だが、木の上に人影は見えない。  僕と小山さんはすれちがう人々に声をかけてみたが、タマちゃんを見た人どころか他の犬の目撃情報も聞けなかった。通りすがりのおばあさんに戦後すぐのころに野良犬がたくさんいたという場所を教えてもらったので、他に行くところもないし行ってみると、そこにはとても綺麗なカフェが建っていた。カフェ巡りが大好きな僕としては素晴らしい発見なのだけれど、今日はそれどころではない。タマちゃんが無事見つかったらゆっくり来よう。  迷子のチワワが行けそうな範囲がよく分からないので、僕と小山さんはとにかく歩き回った。他にもっといい方法があるかもしれないけれど、探偵気分に浸ってしまっている僕らは歩き回りたかったのだ。もちろん、タマちゃんの無事が第一だし、僕らだってそこを忘れている訳ではない。それでも一度浸ってしまった探偵気分からは抜けられそうにない。
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