1.5つの原石

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「ったく、詐欺られた気分だぜ。国民的アイドルにのし上げるつもりとか、嘘っぱちじゃねぇか」 「ほんとなんよ~。あの社長見た目に違わず食えない男ね」 「まぁ、あのくらいのしたたかさがないと、伝説級のグループは生み出せないんじゃないかな」 「だる……くはないけど、なんか一気に眠くなったわ」  ぶつぶつ愚痴る面々と俺は、何のかんので社内のレッスンルームに移動させられた。  そして今は、火山さんに支給品として手渡されたパーカー型のトレーニングウェアに着替えさせられ、ラフな姿に変身済だ。  あの後、果井や荒橋に文句を言われながらも、社長は笑みを崩さずに、俺たちにこれからのことを指示してきた。  その内容はなんと、いきなりのテレビ出演だった。 『私は君たちをアイドルとして育てるつもりだが、その前に君たちのポテンシャルを示してほしい。これもビジネスだからね、オーディションだけで判断するわけにはいかないんだよ。君たちにこれからのアイドル文化を本当に託せるのか、テストさせてもらう』 『オレたちに何しろってんスか』 『簡単なことだよ。テレビでの生パフォーマンスだ』  社長が懇意にしているディレクターが担当している音楽番組に生出演し、そこで一曲披露しろということだった。そこでいかに爪あとを残せるか試すらしい。  あの伝説のデュオ「ベルクヴェルク」をプロデュースした鐘崎研人が、新人発掘オーディションでダイヤの原石を選抜!というキャッチコピーで企画を通してもらったらしい。   「メジャーデビューさせるとは限らないって言ってた割に、いきなりテレビに出ろってのも不思議な話なんよ」 「テストとはいえ、いきなり大仕事だよね。僕、前の事務所にいた頃は、地上波番組に出るなんて夢のまた夢だったのに」 「本当に出演させる気なのかガチで怪しいんだけど。てか、そもそも俺たちに何を歌えって……」  そのタイミングで、トレーナー陣がレッスンルームに入ってきた。  4人は目を丸くするが、俺にとっては当然、馴染みのある二人組。 「はじめまして。今日から君たちの歌唱トレーナーとなる、仁科珀です。よろしく」 「ハーイ、ダンストレーナーのAn-Berよ。よろしくね♪」  少しぽっちゃり系で色白の優男である珀と、小麦色の肌にサラサラな髪の中性的な男性、アンベル。  俺がこの1年、社長に課された訓練をこなす過程で、お世話になった二人でもある。 「あ、この人たち、オーディションの時に見た記憶あるんよ。ダンスのお手本とかもやってたし」  果井の言葉に、二人は頷く。  あのオーディションの歌唱審査を指揮していたのは珀だし、アンベルにいたっては実際に受験生の前で手本を見せていた。  もっと言ってしまうと、審査員は彼らと社長の3人だったわけなのだから、この4人にとっては社長同様、選んでくれた恩人でもあるはずなのだ。 「僕たちも審査員だったからね。最初に簡単に自己紹介するけど、僕とこのアンベルは、この会社の前身である『ジェム・ジェネシス』時代の所属タレントだったんだ」 「ま、メジャーデビューは出来なかったんだけどね~」 「え、マジッスか!」  荒橋が反射的に大きな声をあげる。  「ジェム・ジェネシス」時代の所属タレントということは、蒼愛と深紅と同じ事務所にいたということになる。  当時、社長がプロデュースした所属アイドルは他にも多く存在したらしいが、「ベルクヴェルク」があまりにも有名でビッグネームすぎたため、他の面々をメジャーデビューさせるまで、準備にかなりの時間を要した。  そうこうしているうちに事故が起きて「ベルクヴェルク」が消滅し、それに伴って「ジェム・ジェネシス」も自然消滅に近い形になった。  結果として、「ジェム・ジェネシス」から正式な形でデビューしたのは、「ベルクヴェルク」のみということになったのだ。 「アタシたちは『ジェム・ジェネシス』内で、二人で『Co=Par(コ=パル)』っていうデュオを組んでたの。でも、メジャーデビュー直前に例の事故が起きてね。社長や会社全体がその処理に追われるうちに、何もかもなかったことになってしまったわ。だからアナタたちも、かつてのアタシたちのことは知らないだろうけど……」 「あ、僕は知ってます」  唐突に、稀原が手を真っ直ぐ上げて、慌てるように口を挟んだ。  珀とアンベルは、揃って「おおっ」と声を上げる。これは驚きだ。  当時の「ジェム・ジェネシス」所属アイドルだったとはいえ、「Co=Par」は雑誌か配信番組でしか露出がなかったらしいのに。どんな大手事務所に所属していても、メジャーデビュー前のアイドルの知名度には限界がある。「ジェム・ジェネシス」=「『ベルクヴェルク』だけで成り立ってる会社」などと言われていたあの頃なら尚更だ。 「驚いた。歌唱、ダンストレーナーとしての僕たちならともかく、『Co=Par』の名前を把握してくれていた子がいるなんて」 「あはは、僕、これでも一応『生きたアイドル』やってきた身なので……。当時の『ジェム・ジェネシス』のことも勉強したんです」  そういえば、俺を含めたこの5人の中で、ちゃんとした形で「アイドル」の経歴を持っているのは、稀原だけだ。こんな時代だから、ハンドメイドタレントのような扱いをされていたらしいが。  珀とアンベルは、「ジェム・ジェネシス」が消えた後、社長の案内で、あちこちで歌唱トレーナー、ダンストレーナーとして活躍し始めた。二人はとにかく実力派で、当時のデビュー候補生の中でも歌唱分野1位、ダンス分野1位の存在だった故だ。バーチャルアイドルの時代が到来して生身のアイドルの需要が少なくなっても、歌やダンスのレッスンを受けたい生徒の数はそこまで減少しなかった。  歌も踊りも、太古から続く人間の文化だ。いつの時代でも、人は歌ったり舞ったり、それを聴いたり眺めたりする喜びからは逃れられないのだ。 「ま、それなら話が早いわね。アタシたちはこの『生きた原石プロジェクト』のために、再び鐘崎社長の元に集められたの。オーディションでアナタたちを選考して、育てるためにね。手加減は一切ナシ、ビシビシ行かせてもらうわよ」 「社長から言われてると思うけど、君たちは2週間後に、地上波の音楽番組に生出演してパフォーマンスを行うことになる。そこで一定の評価を受けることが出来れば、正式にメジャーデビューすることになるわけだ。君たちにはそれまでに、僕とアンベルが教えるパフォーマンス内容を完璧にマスターしてもらうよ」 「その内容って、どんなモノなん? この事務所に入ったばかりのオイラたちに、オリジナルの楽曲が用意されてるわけないし」 「『ベルクヴェルク』の曲を歌ってもらう。勿論、これも社長のご指示だ」  あまりにもサラリと投下された爆弾解答に、4人を取り巻く空気が凍りついた。  そんなに意外なことか?と俺は一瞬首を傾げたが、彼らは驚いているというよりも、社長の正気度を本気で疑い始めた様子だ。   「楽曲使用権についての心配は無用よ。この『プラチナ・ジェネシス』は、蒼愛さんと深紅さんが所属していた『ジェム・ジェネシス』の後身にあたるわけだし、楽曲著作権を管理してくれてる協会には、社長がちゃんと手続きを」 「いやいや、曲の権利の心配をしてるわけじゃねぇッスよ」  4人は「バッシング不可避」と口々に呟いた。  あの伝説のデュオは、そんな大昔のアイドルではない。消滅したのは今から20数年前、全盛期は25~30年程前。俺たちの親世代にドンピシャの存在だ。  世間の注目が、2人を喪った哀しみから逃れるようにバーチャルアイドルに移行しても、彼らの楽曲は今なお多くの人々の心に色濃く残っているはず。  さらに言うと、運命的に2人一緒の最期を迎えた蒼愛と深紅の存在は、あの事故の悲劇性ゆえに、絶対的に神聖化され、何人も侵せない域に達してしまっているようにさえ思う。  まるで、アイドルという概念のアダムとイヴであるかのように。  そんな彼らの曲を、地上波の全国放送で、メジャーデビューするかも定かでない自分たちが歌ったら。 「鐘崎社長の名前で出演させてもらったとしても、炎上間違いなしなんよ」 「そうかもしれないね。でも君たちは、元々日の当たらないところでエンタメに関わってきた人間だろう? 世間に知られずに消えていくよりは、批判を浴びてでも一発の花火を打ち上げてインパクトを残したいじゃないか」 「そりゃ、命令とあらば従いますけど……」  穂道のボソボソとした声に、他3人も頷く。  最初から世間に歓迎されるだなんて、この4人はさらさら思っていないだろう。  社長がどういう基準で俺たちの潜在能力をテストするつもりなのかは知らないが、言われたからには従わなければ。  所詮、創造主あってこその商品なのだから。 「それで、使用する楽曲は?」  稀原の問いに、珀とアンベルはニッと口の両端をつり上げた。 「『DouBLe=JeWeL=SouL(ダブル=ジュエル=ソウル)』。『ベルクヴェルク』のデビューナンバーだよ」
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