幸せの選択

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幸せの選択

* 「おめでとう」  カフェの騒がしさの中で加奈子が目の前に座るゆりに言った。  二人は大学時代からの友人で、今は二人とも別々の会社に勤めるOLだ。  忙しい日々の中で久しぶりに会う。早速カフェに入り、注文したコーヒーが来るなり、ゆりが結婚すると報告したのだ。 「ありがとう」  少し照れくさそうなゆり。  彼女は女性らしさが目立つ可愛らしい雰囲気を持つ女性。対して加奈子は美人系のクールな女性。見た目だけだと合わないと思われがちの二人だが、性格がさっぱりしていて、男勝りで勝ち気な部分がぴったりハマった二人は社会人になっても付き合いがある。 「あのずっと付き合ってた彼?」  加奈子は写真でしか見たことがないゆりの彼氏を思い出す。三つ上の、商社に勤めているイケメン。確か今年に入って昇進したとか。収入もだいぶ安定した頃合いを見計らったプロポーズか、と加奈子は思う。 「そう…」 「………」 「………」 「……?」  何か言いたそうに、でもどこか言いにくそうに黙るゆりを見て加奈子は不思議に思う。 「……結婚式は?とか聞かないの…?」  恐る恐るゆりが口を開ける。  加奈子はゆりの口ぶりにため息をつく。 「こういう時のゆりはテンション上がって今後の予定を私に全部言ってくるでしょ?」  何年の付き合いだと思っていると言いたげな加奈子。ゆりは特に嬉しい事だと早口になってしまう事もしばしば。それがないということは、この結婚に何かあるらしいと加奈子は察する。 「結婚式、するかしないかで悩んでて…」  ゆりは加奈子には隠し事は今後も出来なさそうだと観念したように話し出す。  結婚式といえば、多くの女性が憧れを持つ人生の花形イベント。結婚は人生の墓場なんて言葉もあるが、それでも滅多に着られないドレスを着て好きな人の前に立ち、多くの人に祝福される幸せな舞台である事も事実。  だが、様々な事情で結婚式をしないという選択肢を選ぶカップルもいる。加奈子はそのカップルがそれで幸せならいいのではないか、そう考えるタイプだ。本来ならゆりもそう考えるタイプのはず。一体何故ゆりはこんな事を言い出したのだろう。 「ゆりの気持ちは?」 「したくない。準備とか面倒臭い」 「じゃあ決定。しなきゃいいでしょ。彼氏が結婚式したい人?」 「ううん。あまり結婚式に興味ないらしくて、しなくてもいいって」 「姑?」  よくある嫁姑のバチバチ問題か。しかし違うようでゆりは首を横に振る。 「彼氏が昔から結婚式とかするタイプじゃなかったみたいで、最初から結婚式の期待はされてなかった」 「それはゆり的にはありがたいね」  流石ゆりが選んだ彼氏、とその家族。結婚式に興味がないときた。では尚更だ。何故ゆりは悩んでいるのか。 「ウチの親がしろって…」 「ああ〜………」  ゆりの大きなため息に加奈子は一気に納得。 「お金は問題ないの。でも私があまりにも渋るから親が勘違いして、お金なら出すからとか言い出すし、親戚付き合いの体裁だとか、親孝行でしょとか…」 「まあ、親孝行とかって言葉出されると子どもは弱くなるよねえ」 「そうなの!!!親は大好きだし、仲が悪いとかないし、育ててもらった恩がないわけじゃないのよ。でも周りがみんな結婚式してる話聞いて親がそれを羨ましがって…」  隣の芝生は青い。人の心変わりは世の常。先週言っていた事と今日言っていることが違うことなど多々ある。ゆりの両親も、自分の子が結婚するなんてまだまだだと思っていたから、どっちでもいいなんて言っていた。ところが結婚ができる年齢になり、段々と娘のドレス姿が見たいと思ったのだろう。 「ウエディングドレスに憧れがないわけじゃないんだけどね。でもウエディングドレスを着たいがためにやるのもねえ…。それならフォトウエディングでいいじゃんって。祝ってもらうのは嬉しいけど気恥ずかしいし。親に感謝って、今生の別れじゃないのにやらなきゃだめ?ってどうしても考えちゃって…」 「まあ、結婚式の雰囲気込みで感謝伝えるのが醍醐味みたいなところあるけどねえ」 「みんなそんな親に感謝伝えてないの?そっちの方が親孝行してないじゃん。母の日と父の日はなんのためにあるの?お母さんとお父さんの誕生日祝ってる?」 「みんなアンタみたいにほいほい感謝できる人間じゃないでしょうよ。都合が合わなくて会えないとかあるでしょうし」 「感謝を伝えるのは伝える側の厚意!伝えられる側が催促ってどうなの!?」 「まあ言いたい事は分かる」 「親戚付き合いの体裁のためだけに、とかもってのほか」 「それはそう」  加奈子は盛り上がってくるゆりに段々面白くなってきた。   「幼少期のムービーとかいる?私どちらかと言うとお葬式で流して欲しい。私の歴史」 「人生の節目的な意味じゃない?立派になった子供の姿を見たいんでしょ?」 「見たいのは親でしょ!?家でホームビデオ見てください!私はいつも立派です!」  胸の内がボロボロ出てくるゆり。失礼なのは承知で加奈子はニヤニヤしてしまう。学生の時にもあった光景が懐かしくて仕方がない。  ゆりはグッと拳を握る。 「結婚式は私と旦那がやりたいって思って、私と旦那のためにするものでしょ!?親のためにするものじゃない!!私は結婚がしたいのであって、結婚式がしたいんじゃない!」 「爆発したねえ」 「結婚式を否定したりしない!したい人はすれば良い!やりたいと思ってする結婚式は最高に楽しいと思う!ウエディングプランナーさんも絶対やり甲斐あるよ!でもしたくないのにする結婚式なんて…私ずっと不機嫌な顔してると思う」  最後の言葉で力尽きたのか、握っていた拳が開かれる。   「今のをご両親に言えばいいじゃない。正直、言おうとはしてるんでしょ?」  加奈子の言葉にゆりは黙る。その通り。相談も何も、最初からこの事はいつか親に話さなければいけない事は分かっている。分かってはいるのだが、固まり切らない気持ちを加奈子に聞いてもらって固めようとしていた節がある。友だちをこんな形で利用してしまった事にゆりは申し訳なさそうにするが、今更加奈子は気にしない。 「親不孝者って言われるのが嫌」 「誕生日も母の日も父の日も、盛大に祝ってるアンタのどこが親不孝者なのよ。言われたらその時はその時よ。親ならゆりが幸せに生きててくれるだけで嬉しいものでしょ?親のためのゆりじゃないんだから、ゆりの好きなようにすれば良いよ。それでダメならまた連絡して来な」  コーヒーを啜る加奈子にゆりは改めて頼もしい友だちを持ったと心から感謝する。  ゆりは項垂れるように加奈子に頭を下げた。 「…正直、その背中を押してくれる言葉を待ってました…」 「だろうと思って言った」 「聞いてくれてありがとう」 「いえいえ。勇気が湧いたなら何より。良い報告待ってるよ」  ゆりも落ち着いたのか、コーヒーを一口飲んだ。コーヒの香りがさらに彼女を落ち着けてくれる。  カップをソーサーに置いたゆりは加奈子を見る。 「加奈子は彼氏とどう?」 「んー?順調だよ。結婚の予定はなし」  ゆりがこれから聞こうとしている事を察したのか加奈子が先に自身の結婚について話す。  その表情はいつも通りクールで、淡々と話す彼女の美しさを際立たせる。 「長いよね、加奈子も」 「そうねえ。でもなんか結婚する気無くて」 「結婚願望、元から無かったっけ?」 「いや、結婚願望自体はあるんだけどね。する気ないっていうか…結婚に対して意欲的じゃない、って感じかな。今の生活崩したくないのよ」  加奈子はデザイン会社に勤めていて、最近はプロジェクトのリーダーにも抜擢され着々とキャリアを積み、充実感満載の毎日を送っている。そんな中で結婚は考える事自体が少なくなってしまうだろう。 「結婚してもいいっていう受け身。結婚してもいいけど、今の生活絶対崩してやらないから!ってね」 「結構不規則で忙しい生活ね」 「そう。ある意味それが私にとっては健康でいられたりするんだけど」  結婚をすればパートナーと生活習慣のすり合わせが、良くも悪くもある。これだけは絶対に譲れない!と思うものや相手の事を考えて自分が譲歩する場面が多くある。今の加奈子には今の生活の全てが譲れないものなのだろう。最も、加奈子の彼氏がそれを良しとしてくれさえすれば問題は無いのだが。 「彼氏と結婚の話しないの?」 「さっきと同じこと言ったよ」 「…………で?」 「笑ってた。向こうは結婚に意欲的みたいでね。時期をみてプロポーズしてくれるんだって」 「は。プロポーズの予約ですか。なんですか。カッコ良すぎませんか」  加奈子がさっきと同じ事を言った、と言った時は焦ったが、余裕ある彼氏の対応にゆりは感心する。出来た彼氏を持ったものだ、この友人は。大人の交際、という感じか。 「まあ少なくともすぐではないし。結婚の予定は無い、という事で」 「プロポーズされたらすぐに教えてよ?」  はいはい、と軽く返す加奈子。なーんだ、すぐじゃないのか、とゆりは椅子にもたれかかる。  久々に会った友だちとの会話もついには話題が結婚になってしまった事に歳を感じる。 「結婚てさ、幸せでもっと簡単なものだと思ってた」 「みんな思ってたよ」 「…自分だけの問題じゃないって大人になって分かるのマジ辛い」 「ほんとね」  大人になるにつれ増える責任と課題。学生時代に大人が自分たちを羨ましがる理由が分かる。 「でも大人にならないと分からない幸せもあるんだよね」 「酒の美味しさ」 「それは大正解」  二人は笑い合う。  これからも責任は増えるし、課題も出てくる。結婚以外にも人生の分岐とも言えるような出来事だってあるだろう。この先も二人の付き合いが続く保証もない。不安は常にそこにある。  それでも人は選択しなければいけない。  結婚をするかしないか。結婚式をするかしないか。ブーケトスでブーケをふわりと投げるか、ぶん投げるか。仕事を続けるかどうか。人は普段でも一日に約35000回選択するのだそうだ。  間違えたと思っても、長い目で見れば正解の選択だってある。そう思えば、不安があっても人は何をどうやっても幸せにしかならないのかもしれない。  二人はこれからの幸せに期待を持ってコーヒーカップで乾杯した。
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