(番外)ミカドゲーム

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(番外)ミカドゲーム

1.栄 「いや〜、本当にこれ、弱っちゃうよねえ」  大きなため息に、ちょうどコーヒーをいれて戻ってきた栄は立ち止まる。視線を向けると、久保村が見つめるディスプレイには外国為替のマーケット情報が映し出されていた。 「本当、終わりが見えませんね」  弱っちゃうよね、という言葉には完全に同意する。  ここ最近の極端な円安のせいで、日英貿易を主とする経済関係の情報収集や交渉ごとを主たる業務とする経済アタッシェである栄の仕事は一気に忙しくなっている。 「ドルユーロポンド、全面的にこれだけ下がると、輸出メインの企業は好況になるにしたって、輸入関係や物価にどれほどの影響が出ることになるか……」  久保村につられて、思わず栄の口からもため息がこぼれた。  日本の役所からも、現地日系企業から緊急で情報収集せよとの連絡があった。すでに先回りしてアポイントメントの依頼はしていたところだが、そういえばそろそろ返事は来ていないだろうか。そんなことを考えピリッとした気持ちになった栄だが、緊張の糸は次なる久保村の言葉に断ち切られる。 「こういうとき、円建てで給料もらってるとしんどいよねえ。息子の保育料も家賃も、何もかもが実質値上げ」 「……なんだ、そっちの話でしたか」  どうやら久保村は仕事ではなく、円安が家計に与える影響に思い悩んでいたらしい。拍子抜けした栄はマグカップを取り落としそうになった。  自分たちは国家公務員として在外公館に勤務する身で、当然給与は円建てで受け取っている。とはいえ毎年法改正は行われ、為替や物価差は一定程度給与に反映されるし、そもそも生活するには十分な賃金を受け取っている。  とはいえ「十分」というのは比較対象次第の話。公務員である自分たちの給料など、恵まれた待遇の民間企業と比べれば大きく見劣りする。現地のコンサルに勤務する同居人の羽多野が、栄よりずっと少ない労働時間で栄よりずっといい給料をもらっている現実からは、普段できるだけ目を背けるようにしている。
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