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夕食は面倒なので簡単にパスタを茹でてペペロンチーノにし、サラダを添えて済ませる。
近所にいくつか良さそうなレストランはあるが、言葉もままならないのに一人で入るのは気後れするため基本的に食事は自炊だ。スーパーマーケットにはレンジで温めるだけのレディミールが驚くほど多種多様に並んでいていくつか試してみたものの、栄の口には合わなかった。
最近のイギリス人、とりわけ国際都市であるロンドンの人々は口も肥え健康意識も高まっているらしく、外食のクオリティ自体はそう悪くない。ただ品質と値段のバランスという意味では日本に遠く及ばず、だったら自分でやった方がましだという結論になってしまう。
幸い家の近所には遅くまで開いているスーパーマーケットもあるし、毎週土曜日には公園に立つマーケットで品質の良い産地直送の品々を買うこともできる。また中心部には日本食材を扱う店も複数あり、値段の高さにさえ目をつぶれば食べなれた日本の味を自宅で再現することもできた。
食事を終えて仕事の続きをしようとラップトップを開くとメールが一通届いていた。
差出人は学生時代の友人で、栄が渡英前に出した挨拶メールへの返信だった。二ヶ月経ってようやく返信というのもずいぶん放置されたものだが、大手弁護士事務所の「イソ弁」から今年初めに独立したばかりの彼は弁護士業務に加えての慣れない経営者業務で忙しくしているようだ。
返事が遅れたことへの謝罪と「ご栄転」への祝福の言葉。そして誰もが文末に書き添える「絶対遊びに行くから」の文字に栄はまたかと苦笑する。
「絶対遊びに行くから、って言う奴のうち実際に来るのは五パーセントもいないから、真に受けるなよ」
海外勤務経験者はそう口を揃える。
赴任先がインドだった友安などそんな社交辞令すら少なかったようなので、口先だけでも訪問の意思を示してもらえることはありがたく思うべきなのかもしれない。だが実際、上っ面の友人は多くてもプライベートでまで親しくする相手の少ない栄を訪ねてはるばるこんな場所までやってくる人間などほとんどいないだろう。
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