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「ちょっとジムに通ってみるとか、近所を歩くとか。それだけでも違いますよ」
「うーん、君みたいなイケメンならダイエットのしがいもあるかもしれないけど、僕なんか痩せたところで特にメリットもないしなあ。スタイル良いけど、谷口さんは何かやってるの?」
栄は健康を気にしてアドバイスしたつもりなのに、久保村はなぜだか容姿の話にすり替えた。本人なりに体型と健康問題については後ろめたさを感じているのかもしれない。無神経なことを言いすぎたかと少しだけ後悔しながら栄は返事をする。
「週に何度か泳いでます。あと、元々は剣道やってたんですけど霞が関じゃ時間が取れなくて。使う機会なんてないのに、未練がましくこっちにも一式持ってきちゃいました」
栄が剣道の話を持ち出すと、久保村の目が輝いた。
「そうなの? 僕、こっちで剣道やってるグループ知ってるよ」
「日本人会か何かですか?」
思わず聞き返すと久保村は首を左右に振った。
「いや——そっち系もあるかもしれないけど、僕が知っているのは地元の人中心かな。ほら東洋の武道にはまる西洋人いるじゃない。ZENとかスピリチュアルとかそっちと似た雰囲気感じ取るのかもしれないけど、柔道、剣道、空手、古武道……規模は小さいけどあちこちでやってるみたいだよ」
日本人でなく現地の人間中心だと聞いて怖気づかないわけではないが、それでも栄の心は弾んだ。わざわざここまで防具や道着を持ってきたのは、もしかしたらロンドンで剣道をやる機会があるかもとわずかな期待を持っていたからだし、言葉は多少拙くたってスポーツを通じてならばスムーズに国際交流も進みそうな気がする。
顔をほころばせた栄に久保村は、栄が練習に参加できないかグループの主催者に聞いておくと請け合った。
話しながら二人はレセプション会場に入る。入口近くのテーブルでシャンパングラスを受け取るとすぐに久保村は料理を物色しはじめた。
彼が悪い人間でないことは重々わかっているが、これが日本だったら栄はきっとこの小太りの男と並んで立っている自分のことを恥ずかしく思うことだろう。だが、現金なもので完全アウェイの今はひとりでないというだけでも心強かった。
取り皿を山盛りにした久保村の横で栄がシャンパンを口に運んでいると、背後から名前を呼ぶ声がした。
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