プロローグ

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「よう、帰ったのかと思ったけどいたのか」 「すいません、ちょっと電話が。最後の方聞けなかったけど友安さんの話面白かったですよ」 「感染症ネタと動物ネタは鉄板だからなあ。体張って取ってきたネタだから笑ってもらわなきゃ救われんよ」  再び自販機の横を通りすがるときには、まだその場に立ち止まっていた羽多野を黙殺する。忘れて欲しいといった話を、あからさまではないにしても仕事の場で持ち出されて栄は内心で憤っていた。やっぱり羽多野なんかに話をしたこと自体が間違いだったのだ。 「谷口くん——」  ちょうどやってきたエレベーターに乗り込んだところで、外側から羽多野がひらひらと手を振った。 「頑張れよ、英国暮らし。そのうち遊びに行くからさ」  含みがあるのかないのかもわからないその言葉が終わると同時に金属製の扉が左右からせり出して、栄の視界から羽多野の姿は消えた。  そこで首を傾げたのは栄ではなく、なぜか友安だった。 「あれ、今の人……もしかして」  友安のつぶやきが羽多野を指しているのは間違いない。だが、羽多野が一年前の今頃は、当時彼が仕えていた元衆議院議員・笠井(かさい)志郎(しろう)のスキャンダル絡みで毎日マスコミを賑わせていたことを思えばそれも当然なのかもしれない。 「そうですよ、笠井先生の元秘書の羽多野さんです。たまに党の仕事手伝いに来ているそうです」  栄はそう答えるが、友安の反応は奇妙だ。 「羽多野? そんな名前だっけ?」 「は? 何を言ってるんですか? 間違えるはずないじゃないですか。去年さんざんニュースでも……」  途中から声をひそめるのはここが保守連合の本部だからで、いくら落選した元議員だからといって今も再起を目指している笠井を揶揄していると思われてはたまらない。  それでも首をかしげ続ける友安は、どうやらインドに滞在していたせいで例のスキャンダルについて知らないようだ。 「だったらインド行く前にどこかで絡んだんじゃないですか。笠井先生のレクとか行った記憶ありません?」 「あ!」  インドに行く前、という言葉に刺激されたのか友安が声を上げる。そして喉に刺さった小骨が外れたかのような爽やかな顔で「それだよ」と栄の肩を叩いた。 「あの人、多分コロンビア大にいたわ。何度か日本人会で見たことあるもん。しかも俺たちみたいな院留学じゃなくて、多分学部から修士(マスター)まで続けてコロンビア。日本人じゃ割と珍しいから覚えてたんだよ」
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