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長尾の退却を見計らったように、背後のドアが開く。
「俺はまだ、出てきていいなんて言ってませんよ」
疲れ果てて覇気のない栄の言葉は当然のごとく黙殺されて、羽多野は廊下の端に置いてあるビニール袋を手に取って期待はずれも露わな顔をした。
「何だよ、わざわざお裾分けっていうくらいだからよっぽど貴重な食い物をくれるのかと思ったら、そこへんの日本食材店で売ってるようなものばかりじゃないか」
「羽多野さんって、本当に捻くれてますね。人の親切をそんなふうに言うなんて人間性を疑います」
栄もまったく同じことを思ったにも関わらず、羽多野に指摘されるとついつい反論したくなる。
もちろんそれは羽多野にとっては面白くないことだ。
「親切ねえ……」
疑わしげにつぶやいてから、栄が懸念したとおり羽多野は嫌味ったらしい追及を開始する。
「そういえば玄関先だけって言ったのに、家にあげたりお礼を渡したり、ずいぶん仲が良さそうだったよな」
「トイレ貸してくれって言うから仕方なしにですよ。お礼を渡したのだって、食事や飲みに誘われるたびにいちいち断るのが面倒だから、これ以上はやめて欲しいっていう意味です」
「これ以上は、って。そんなに頻繁に誘われてるんだな。第一、やって来るのがあのときの自衛官だって君は言わなかった」
案の定だ。ネチネチと、まるで栄がわざと他の男と親しい様子を見せつけようとしたとでも言わんばかり。
「言う必要がないからですよ。彼はただの同僚で、男に興味があるわけでもないし、俺だってそういう目で見たことはないです。もういいでしょう、この話は終わりにしましょう」
ただでさえ気疲れしているのに、これ以上羽多野と不毛なやり取りを続けたくはない。呆れ果てたように吐き捨てたところで、羽多野がビニール袋の中から取り出した手のひらサイズの箱を差し出してきた。
「で、日本食材のお裾分けなのに、なんでこんなもんが入ってんの?」
それは長尾がポッキーとの味比べのために買ったという「ミカド」だった。
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