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「百歩譲ってそうだとしたら、なんなんですか。帰ってもらったんだから、もういいでしょう」
確かにそうだ。その通り。何も間違っていない。しかし、なぜこんなにモヤモヤしてしまうのか。
「……ポッキーって、なんかやらしいよな」
思わず呟くと、栄が一歩踏み出した。
顔と顔が近づいて、突然色っぽい気分にでもなったのかと勘違いしかかるが、もちろんそんなわけはない。栄は羽多野の額に手を当ててから、残念そうな顔で首を左右に振った。
「高熱で脳に異常でも出たのかと思いましたが」
市販のチョコレート菓子を性的な概念に結びつけること自体が信じられないと言わんばかり。軽蔑すら感じさせる口ぶりに、羽多野は反論する。
「でも、ポッキーといえばポッキーゲームなんだろ? 若い子は誰でもやるって聞いたことある」
ポッキーゲーム、という遊びを知ったのは帰国後だったような気がする。一本のポッキーをふたりの人間が両端から食べ進めていく、というシンプルなゲームで、先に口を離そうとした方が負け。
最後まで口を離すこともポッキーを折ることもなく進めば、最終的にふたりの唇は触れる。ちょっと色っぽく男女の距離を縮めるにも絶好であるため、若者が集まる飲み会や合コンでは定番だという認識だ。
もし長尾なる男が栄に良からぬ気持ちをもっているのだとすれば、このポッキーとMIKADOを口実にその手のゲームをやろうとしていた……というのはさすがに考えすぎだろうか。
あまりに飛躍した考えを、さすがに口に出すのははばかられたのだが、話の流れから気づかれてしまったようだ。栄は軽蔑を込めて羽多野を見る。
「だから、若くもないし、仮に若かったとしてもそんなことやりません。変な妄想たくましくしてる暇があったら、さっきの荷物元に戻してください。靴、つぶれちゃいますよ」
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